おジャ魔女わかば
第11話「発動!わかば救出作戦」
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――人に弱みを握られ脅される。
 魔女修行中のツインテールの内気な少女、桂木わかばはそれを龍見ゆうまという少年に気付かれてしまった。魔女と人間の間には魔女ガエルの呪いと言う厄介な物が存在し、魔女、若しくは魔女見習いである事がばれると醜い蛙の姿になってしまう。わかば自身、マジョミカという魔女をこの呪いで蛙の姿にしてしまい、彼女を元の姿に戻す、見破った人間が魔女になると言う解決法の為に魔女修行を始めたのだった。ゆうまはある程度事情を知っていたみたいで、これを利用しようとしていた。当然、わかばはゆうまに逆らう事は出来ない。まだ9歳のわかばには、この状況は重たすぎた。
「……ふぅ」
 歩きながら、わかばはため息をつく。ここ数日、毎晩悩みこんでしまい、あまり寝た気がしないでいた。今日は朝から友人達とプールに行く約束をしていて、その待ち合わせ場所に向かっている途中だった。
「……わかば、どうしたらいいの」
 どれだけ考えても答えに辿り着けなかった。同じ所をぐるぐる回るだけの考え。でも、不安で気持ちだけ焦って、心はどんどん磨り減っていく。考える事を止める事が出来ればどれだけ楽になれるだろうか…でも、そんな事は出来ない。後ろ向きな気持ちはどんどん後ろへと引き戻され、一年前に登校拒否に陥った苦い記憶を蘇らせる。
「私…何も乗り越えられてないし、何も変わっていない」
 自分に駄目という烙印を押して、半ば自暴自棄に陥っていた。それでも友達には心配させたくなくて、こうやって出かけて、笑顔を作るのだった。

――誰かに対して憎悪が止まらない。
 龍見ゆうき。わかばと同じ虹宮北小学校の4年生。わかばの隣のクラスで、わかばとは対照的な活発な少女だった。茶髪のショートヘアを真ん中で分けた髪型はゆうまを女の子にした雰囲気そのままだった。つまりそっくりな妹である。両親が共働きのサラリーマンで残業等で帰りが遅い環境で、一番身近な存在は兄という状況において、ゆうまも面倒見が良かったので、ゆうきは兄が一番というお兄ちゃん子の妹になっていた。そんな兄が見知らぬ女の子と急接近しているのを知ってしまったゆうきは、それに対する感情を、その相手の女の子に対して憎悪に変換してしまうのは一瞬の事だった。
「今まで…私だけのお兄ちゃんだったのに…許さない」
 とゆうきは電柱の影で小さく呟く。道の先にはツインテールの少女がプールバックを手にトボトボと歩いている。つまりゆうきはわかばの後をつけていた。まだまだ幼いゆうきには行き場の無い想いをこうやって発散する事しか思いつかないのだった。
「でも…どうしたらいいんだろう」
 今のゆうきは目の前の少女に対する情報を収集していた。そして何とかして兄と離れさせ、兄を取り戻したいのだった。しかし、それを思えば思うほど憎悪がこみ上げてきて冷静でいられなかった。

――追い詰められての、最後の手段。
 砂埃が目いっぱいかかった青い軽自動車がトロトロと交通量のほとんど無い住宅街の道路を走っている。
「アニキぃ…俺…」
 後部座席の二十歳前後の小柄な男が前の座席に乗り出して言う。アニキと呼ばれた運転席のサングラスに短髪の背の高い同年代の男は低い声で言う。
「ヒロヤ、覚悟を決めろ…もうこうするしか無いんだ。でないと俺等が…」
「俺達に力が無いばっかりに…小さい子が犠牲になるなんて…」
 ヒロヤと言う小柄な男は悔しそうに言う。アニキは…。
「言うな…やるぞ」
 アニキはフロントガラスの向こうに茶髪の少女を見つけ、決意を込めて言う。ヒロヤは唇をかみ締め頷く。アニキはアクセルを踏み込み車を少女の側に寄せる。茶髪の少女…ゆうきは考え事をしていたせいか、側で車のドアを開く音を聞くまで、車の接近に気付いておらず、一瞬ビクッと後ずさってしまう。開いた後部座席のドアから見知らぬ男…ヒロヤが出てきて、ゆうきの腕を掴んで、焦りながら言う。
「大人しく乗って」
「えっ?」
 ゆうきは体を持っていかれない様に自分の腕を引き寄せる。しかし向こうは大人の男性なので、ちょっと力を入れられると簡単に引き寄せられてしまう。ゆうきは咄嗟に抵抗を止めて、相手の力のベクトルに合わせて体をつっこませ、そのままヒロヤのミゾオチにおもいっきり自分の頭をぶつける。ヒロヤが鈍い痛みに俯いた所に頬を平手でぶって、掴んでいた腕を放させる。
「おじさん達…誘拐犯?」
 少し距離をとってゆうきは尋ねる。運転席からアニキが降りてくる。その顔は足が竦んでしまう程に怖かった。さっきの少しトロそうなヒロヤにはあれだけの事をやってのける事が出来たゆうきだったが、今度は無理だと恐怖が確信した。
「手間をかけさせないでくれ」
 アニキは低くドスの聞いた声で言う。ゆうきの恐怖の限界を超えそうになる。そして必死にこの状況の回避方法を震えた心で探し始める。
「…うち、パンピーだから、身代金なんて取れないわよ。ゆ…誘拐なんて成功確率低いって言うのに、そんなの対象していて、割りに合うのっ」
 テレビの刑事ドラマでそんな確率の話をしていた気がしたゆうきは、それを持ち出した。そして…この時、意図したかどうかは、既に恐怖でわからなかったが…ゆうきは指をさした。その先、道のかなり先には緑のツインテールの少女…わかばが歩いている。
「あっ…あの子のお父さん、メガゲートで科学者をしているらしいよ」
 メガゲート…大企業だ。しかも学者と来た。何の調査もなしに誘拐を試みようとしていた二人は、そこに何か確実な物を感じてしまう。
「…この事、誰かに喋ったら、あの子が無事じゃ無いと思えよ」
 アニキは道の向こうのわかばを指差して、ゆうきを睨みつけて言う。ゆうきは冷や汗と涙でグシャグシャの顔で頷いた。男達は車に乗り込んで、走り去っていく。ゆうきはヘナヘナとその場に座り込んでしまう。潤んだゆうきの視界向こうで、わかばがまったく抵抗する事無く車に連れ込まれるのが見えた。
「えっ…うそっ」
 ゆうきは信じられないように呟く。あまりにも簡単に連れて行かれるわかば。まるでテレビの中の出来事の様に…。でも、同時に罪悪感がゆうきの心で膨れ上がり息苦しくなる。ゆうきはそのまま道の端の壁にもたれかかり嗚咽する。