おジャ魔女わかば
第12話「明日もフリーキック」
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 照付ける日差しと弾ける水飛沫、そして子供達の声。これらがごちゃまぜになった場所、そこは学校のプール。今日は夏休みのプール解放日だった。虹宮北小学校運動場の上のテニスコート隣にあるプールには多くの児童がやってきていて、水遊びを楽しんでいた。桂木わかばも川井かえで、羽田勇太、佐橋亮介といういつものメンバーで遊びに来ていた。
「110、111、112、113…」
“ザバァッ”
 水面からわかばが苦しそうに顔を出す。カウントしているのは勇太だ。そして亮介は水に潜ったまま。わかばと亮介は潜水競争をしていたのだった。
「また、わかばの負けだよ」
「気にしなくて良いわよ、亮はエラ呼吸できるんだから」
 かえでが呆れて冗談を言う。わかばは苦笑いする。
「180、181…」
“ザザザ…”
 亮介がニヤニヤしながらゆっくり水面に上がってくる。
「俺の圧勝だな」
 勝利が嬉しい亮介はわかばに言う。わかばは悔しそうにクゥーっと口を曲げている。
「はいはい、半漁人のあんたには誰も勝てないわよ」
 かえでは無関心そうにそう言ってプールから上がって行く。
「そろそろ、あがろうか」
 勇太はそう言って、わかばと亮介に帰るように促す。

 更衣室を出た所で着替えた勇太と亮介は、わかばとかえでが出てくるのを待っていた。亮介は電気が付いている体育館の方を見ながら尋ねる。
「今日、体育館って何かやってんの?」
「えっと…ね…プールと一緒で解放日なんだよ」
 勇太が夏休みの予定が書かれたプリントをカバンから取り出して言う。
「そうなのか…」
 亮介は何か考えて、ニヤリとする。そこにわかばとかえでが出てきた。
「お待たせ、わかばの髪型がなかなか決まらなくてね」
 かえではわかばのツインテールを指差して済まなさそうに言う。
「えっ、私のせいなのっ」
 わかばは心外そうに言う。そんなやり取りなどお構い無しに亮介が提案する。
「桂木ィ!今から体育館で2回戦と行かないか」
「2回戦?」
 わかばは首を傾げた。

 わかばと亮介は体育館の隅っこに置かれていた卓球台を挟んで対峙していた。
「喰らえ、稲妻サーブッ!」
 亮介の親指と人差し指で挟む感じに持つペンハンド型のラケットから放たれた高速サーブがわかばのコートに突き刺さる。
「ええぃ!ままよ」
 わかばは人差し指を伸ばして添える形で握るシェイクハンドと呼ばれるウチワの様なラケットを使っている。そして手首をクルッと回す様に高速サーブに回転をかけて切り返した。その緩やかなカーブを描くレシーブを打ち返そうとする亮介だったが、ラケットに当たったピン球は明後日の方向へ飛んで行く。
「10−10(テン・オール)、デュース」
 勇太がカウントを告げる。かえでは涼しい顔で傍のベンチに座りドリンクを口にしている。
「二人とも、ムキになってさ。わかばってピンポンだけは強いのよね。亮って直線の速球勝負だから、回転専門のわかばの敵じゃないのよ」
 かえでの解説に、勇太が口を挟む。
「でも、今…いい勝負してるよ」
「いや、そろそろ、わかばの目が亮の速球になれたはずよ。もう通じないわ」
 サーブ権がわかばに移り、わかばがいつもと違うサーブの体勢に入る。
「いくよ、必殺っ」
 わかばは、下から60度くらいの角度で手首を使いピン球を切る様な回転サーブを放った。ピン球は超スローでわかば側コートの中央付近でバウンド。次に亮介側コートのネットギリギリのところで2回目のバウンドをする。それを予想していた亮介が、レシーブのためラケットの手を伸ばす。しかしバウンドしたピン球はここで真横に逃げるように跳ねる。意表をつかれた亮介は、“バンッ”と卓球台に突っ伏してしまう。
「アドバンテージ、わかば」
「どおっ、わかばの魔球の威力は」
 わかばが勝ち誇って言う。サーブ権が亮介に移り、亮介が力任せの早いサーブを打ち出してくる。わかばは打球のコース上に素早く走り込んで身を沈めるようにし、ラケットを下に下ろす。そして飛んでくるピン球とタイミングを合わせて、その横側を縦に切る様に打ち上げる。高い放物線を描く絶好のスマッシュボールが亮介側のコートに入ってくる。亮介はスマッシュを打とうと構えるが…バウンドしたピン球は、亮介の方へは来ないで左の方へ逃げるように跳ねて行った。
「ゲーム、マッチトゥわかば」
 勇太がゲームの終了と勝者を宣言する。

「くっそぉぉっ。今日で15連敗だぁ」
 亮介が悔しそうに吼えた。帰り道、アイスを買い食いしながら4人は歩いていた。
「人間、何か一つは取り得があるものねぇ」
 かえでが意地悪そうに言った。
「ひどい、かえでちゃん。そりゃあさぁ、スポーツはピンポン以外は苦手だけどさ」
 何故か、わかばの家には本格的な卓球台があって、幼い頃から兄と一緒に慣れ親しんできたらしい。ちなみにわかばの兄は中学生の時、卓球で全国大会の2回戦まで行ったらしい。
「次は必ず勝つ、覚えておれぇぇ」
 亮介の捨て台詞を勇太がバッサリ切る。
「亮介さ、カット即ち回転をマスターしないとわかばちゃんには絶対勝てないよ」
「いや、男に小細工は無用…黙って、スピード勝負だっ!」
 亮介は自信たっぷりに言う。勇太とかえでは呆れてしまう。亮介の連敗記録は止まりそうには無かった。

***

 その日の夜。かえでは亮介の家で夕食を食べていた。亮介の優しそうな両親は、息子の幼馴染が遊びに来てくれて嬉しそうにしている。
「本当にすまないね。かえでちゃんには迷惑ばっかりかけて」
 亮介の母親が言う。父親もうんうんと頷いている。
「いえ…毎年の事ですから」
 かえでは少し呆れた感じに言う。亮介はそれを否定する。
「去年も一昨年も無かっただろうがっ」
 そしてムスっとしてそっぽを向いて食事をする。
「亮、何だ、その態度はっ。せっかくかえでちゃんが夏休みの宿題の手伝いに来てくれているのにっ」
 亮介は父親に怒られてしまう。かえでは一人では終わりそうに無い亮介の残った宿題の手伝いに呼ばれていたのだった。こんな事を頼めるのも、親同士が仲良しの幼馴染しかない。