おジャ魔女わかば
第30話「心かさねて」
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「つくしちゃん、ゆうきちゃんと2級試験受けたんだ。それでお題何だったの」
 平日の夕方。学校から帰宅した桂木わかばはリビングのソファに横になりながら音符マークの装飾のついた携帯電話で誰かと楽しそうに話していた。携帯電話のスピーカーからは関西弁の少女の声が返って来る。
『試験官にな、ごっつう上等な牛肉の塊をわたされて“魔法使い界におる包丁の達人に、このお肉を薄くスライスしてもらってきて〜”って言うのがお題やった。この達人がえらい頑固でなぁ』
 電話の相手は蒼井つくしと言う大阪に住んでいる少女。わかばと同じで師匠魔女の元で魔女を目指している魔女見習いだ。二人の話題は先日行われたらしいつくしの2級魔女見習い試験の事だった。
「しゃぶしゃぶだったんだね」
『そやで。ごっつう美味しかったわ』
 わかばは自分の時の試験を思い出しつつ呟く。
「私、カニよりしゃぶしゃぶが良かったなぁ」
 わかばの2級試験は魔法使い界の幻の蟹を入手すると言うお題で、試験後、その蟹はお鍋で美味しくいただいたのだった。でも、わかばは蟹よりしゃぶしゃぶの方が好きなのだ。羨ましそうにしているわかばは、そのついでという感じに…。
「ゆうきちゃんと仲良くなれて良いなぁ」
 龍見ゆうきという同じく魔女見習いの少女の事だ。彼女はわかばと同じ虹宮に住んでいるのだが、わかばは一方的に彼女に嫌われていて、その事を気にしているのだ。わかばは2級試験をきっかけに、日浦あずさという、それまであまり相手にして貰えなかった少女と仲良くなる事ができ、今では親友と思える程になっていた。だから、共に2級試験を潜り抜けたつくしとゆうきもそうであろうと思って、羨ましい気持ちになったのだ。しかし。
『知らんわ、あんなメガネ』
「えっ」
 意外なつくしの反応にわかばは聞き返してしまう。
『思い出したらムカムカするから言わんといて』
 どうやら、わかばが思っている様なイベントは発生していないみたいだった。それはそれで、ちょっと残念かもとわかばは思った。
『ほんま、あずさはんといい、あの手のキャラは好きになれんわ』
 電話の向こうで愚痴るように言っているつくしにわかばは苦笑いしてしまい、何も言えなかった。
『…あっ、お客さん来たわ、切るで。じゃあ、明日午後1時にな』
 と言いつくしは一方的に電話を切る。向こうは魔法堂と言う師匠魔女が経営するお店で店番をしていたみたいだった。たいていの場合、人間界に暮らす魔女は何らかの商売をしていて、魔法堂、若しくはそれに準じた名前の店を開いていると言う。つくしの師匠マジョフォロンのお店は、リサイクルショップだったなぁ…と、わかばは思い出しながら、テーブルに携帯電話を置いて、ずっと同じ体勢で固まった感のある体を伸ばしてみる。
“ピンポーン”
 そこにインターフォンの電子音が来客を告げる。わかばは嬉しそうに飛び起きる。
「来たァ!」
 と言ったわかばは玄関の方へ飛んで行くのだった。

 玄関の扉に付いている小さな覗き穴から訪問者を確認したわかばは、鍵を解除し扉を開けて、その訪問者に嬉しそうに抱きつく。
「あずさちゃん、いらっしゃ〜いっ」
「ちょっと、わかばっ」
 突然の事にあずさは顔を真っ赤にしておどおどし始める。手に持っていた小さな紙袋は“ガサッ”音を立てて足元に落ちてしまう。
「さっ、上がって上がって」
 わかばは嬉々としてあずさの腕を引っ張って家の中へ入って行く。あずさは紙袋を拾い上げ、わかばに連れられて行く。玄関でわかばがあずさに告げる。
「お父さんは毎度の事で、帰って来ないだろうし、お兄ちゃんはバイトで遅くなるって言ったから……二人きりだよ。だから遠慮しないで」
 あずさもわかばの家の事情は知っているので、当然の様に頷いて靴を脱ぎ始める。そしてそのまま、玄関側のリビングへ通される。
「これ、お土産」
 と言って紙袋をわかばに手渡す。それはあずさが修行している京都の魔法堂の和菓子だった。わかばはありがとうと嬉しそうに礼を言い、それをテーブルに置く。あずさは肩掛けのカバンを下ろす。
「あずさちゃん、何するっ。DS、逆スピ、マイクロ四駆?」
 いろいろ玩具を引っ張り出してきたわかばがあずさに尋ねる。DSはドリームステーションと言うテレビゲーム、逆スピは逆転スピナーというフィギュア付きベーゴマ、マイクロ四駆は超小型のレーシングホビーの事だ。
「…それって男の子の遊びばかりなんじゃ」
 あずさは首を傾げて言う。わかばは苦笑いしながら答える。
「お兄ちゃんとか勇太とかと遊ぶのが多いから…」
「そんな事より、する事があるんじゃないの」
 あずさに言われ、わかばはハッとする。
「そうだ、お茶、入れてなかったね」
 わかばは慌てて隣の台所へ入って行く。あずさはゆっくりそれについて行き…。
「いや、そうじゃ無くて…そろそろ夕飯の準備とかじゃ無いのかなって」
 すっかり舞い上がっているわかばにあずさは少し苦笑いしつつ告げた。
「あっ、そうだよね」
 わかばは思い出したように言う。今は夕方で既に冬のお日様は沈んで外は薄暗いのだ。
「今日はあずさちゃんがウチに初お泊りだから、わかば興奮しちゃってぇ〜」
 わかばは前にあずさの家でお泊りした事があったが、あずさがわかばの家にお泊りに来るのは初めてなのだ。何を興奮するんだろうとあずさは苦笑いしつつ、カバンからエプロンを出して来た。
「お兄さんが帰ってくるまで、仕度しないと」
 と言うあずさの背後を黒い光が飛んでいる。また部屋の隅から出てきた緑色の光がその黒い光と楽しそうに並んで飛び始める。
「シシとルルも手伝ってね」
 エプロン姿のわかばが飛び回っている二人の妖精に言う。妖精はすぐに台所の方へ飛んで行く。

***

“ガチャ”
 玄関の扉の鍵が解除される音がする。お鍋を見ていたわかばは思わず舌打ちする。
「チィ…もう帰ってきたよ」
 そんなわかばの態度にあずさは苦笑いしてしまう。
「ちぃっス、トミノピザでーす」
 リビングに入ってきた赤に黒ラインの入った制服姿のわかばの兄、葉輔が陽気に言う。あずさは、ちょっと対応に困った表情を見せていると、コンロの火を切ってわかばが出て来て言う。
「お兄ちゃん、ピザ屋さんのバイトしてるんだよ。でも、そのまま帰ってくるかなぁ」
「だって、あずさちゃんが来るって言うんじゃ、一秒でも早く馳せ参じなければと…。あっ、これお土産」
 と言いながら、葉輔はわかばに“赤い彗星”と書かれたピザの箱を手渡す。