おジャ魔女わかば
第33話「雪の子守唄」
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 その日、虹宮の空は曇り空。季節は冬となりだいぶ冷え込んできた。でも雪はまだ降っていない。山手の貯水池側にある占いの館魔法堂。その屋根に腰掛、恋しそうに空を見上げる小さな和服の少女が居た。普通の人にはその姿は見えない。見えるのは霊感が強い人か、魔法の様な特別な力を持つ人。何故なら少女は幽霊だからだ。少女の下にあるお店にいる魔女や魔女見習い達は少女の事を“お琴”と呼んでいた。
 お琴は瞼を閉じる。すると、優しく降り積もる雪景色が見えてくる。懐かしい風景。それが何処なのかは思い出せない。
『雪……降らないかな』
 お琴は小さく呟いた。そして再び空を見上げる。やはり雪は降りそうに無い。
■挿絵[240×240(15KB)][120×120(6KB)]


***

「ちぃーっす」
 夕方、学校が終ったわかばが元気に魔法堂に飛び込んできた。そのままわかばが店の奥に顔を出すと、魔女界女王の侍女マジョリンが来ていて、この魔法堂のオーナーのマジョミカと話ていた。マジョミカは納得出来ないという風に声を荒げる。
「今頃になってか…随分勝手じゃな!」
「本日、幽霊界から正式に連絡が来ましたので」
 マジョリンはマジョミカに構わず淡々して告げる。そんな二人の会話に心配そうにわかばが割り込んでくる。
「マジョミカ、どうしたの?」
「今晩、お琴を幽霊界に連れて行くみたいじゃ」
 マジョミカが不愉快そうに言う。それを聞いたわかばは愕然とする。
「今晩って、急すぎだよ」
 半年近く一緒に居たお琴はわかば達この魔法堂のメンバーにとって家族同然なのだ。
「マジョリン、何とか数日待ってもらえないのか」
 マジョミカは無理と思いつつ頼んでみたが、マジョリンは首を横に振る。
「私はこれ以上は関与できませんから。今晩、確実に迎えが来ます」
 そう言ったマジョリンは背中を見せ帰ろうとする。これ以上、マジョミカ達の要求に答えられないと態度で示すように。
「マジョリン、すまんかった。知らせてくれてありがとう」
 マジョミカは感情を押し殺してそう告げる。マジョリンは軽く会釈して魔女界へ戻って行った。

 魔法堂2階のリビングでマジョミカとパートナー妖精キキ、わかばとパートナー妖精シシの4人でお茶をしていたが、出るのは溜息ばかりだった。マジョミカは力無しに愚痴る。
「来年の夏をどう過ごせと言うのじゃ」
 元々、お琴は夏に虹宮を彷徨っていた迷子の幽霊だった。それをマジョミカが見つけて魔法堂に保護したのだ。そして幽霊として精神的に涼しくしてくれる事を利用した霊房として夏場は大活躍したのだ。
「もう、そんな心配している時じゃ無いでしょ」
 キキが怒って言う。わかばはお琴と初めて会った時の事を思い出していた。幽霊が居ると言われてだいぶ取り乱したのを思い出し苦笑いしてしまう。マジョミカは訴えるように言う。
「しかしな、魔女ガエルにとってあの夏は地獄じゃ」
「来年の夏にはわかばが魔女になって、マジョミカは元に姿に戻ってるわよ」
 キキがそう言ってわかばを見つめる。突然だったので、わかばは驚いて、口に含んでいた紅茶をゴクンと飲んでしまう。そして自信なさげに告げる。
「が…頑張るよ」
「シシシィッシ!」
 シシが励ますように言う。
「ありがとう、シシ」
 わかばは思わず愛おしくてシシを抱き締めてしまう。そしてわかばは思い出したように話し出す。
「でもね、お琴ちゃんと一緒にあずさちゃんとこのお店を手伝った時に、マジョリーフさんが言ってた。お琴ちゃんは冷気を操るプロフェッショナルだって」
「霊房なんて言っちゃってたけど…案外、幽霊ってだけじゃ無かったのかもしれないわね。それに、来年はエアコン買ったら?」
 キキがマジョミカに言うと、マジョミカは首をブンブン振って拒絶する。
「あんな贅沢品、買う金があるものかよ」
「もぉ〜、マジョミカったらぁ」
 わかばは残念そうに呟いた。

 しばらく無言になり、各々、いろいろ考えてしまっていたのだが、ふと思い出したようにわかばが尋ねる。
「そう言えば、お琴ちゃんは何処?」
「たぶん、屋根だと思うわ」
 キキが即答する。マジョミカはおつまみのクッキーを口に放り込みながら言う。
「最近、良く屋根に登っておるんじゃ。何だか遠くを見つめるような、何かが恋しい様な感じでなぁ。何処か行きたい場所でもあるんじゃないのかのぉ」
「たぶん、地上に長く居過ぎたせいで、生前の記憶の断片が甦っているんじゃ無いかしらね」
 キキが心配そうに言う。シシも心配そうにわかばを見上げる。
「シシ、わかってるよ」
 シシに答えるようにわかばはそう言い、続いてマジョミカに言う。
「私、お琴ちゃんの行きたい場所に連れて行ってあげたい」
「わかばぁ…」
 キキは困ったふうにわかばを見つめる。しかしマジョミカは乗り気で…。
「たぶん、お琴を迎えに来るのは死神だろう。わし等が出来る限り時間を稼ぐ。その内に何とかせい」
「よぉし!」
 わかばは嬉しそうに魔法携帯電話ピロリンコールを手にガッツポーズをとった。そして何処かに連絡を取りつつ、窓の外を覗う。そこには日が暮れて笑う月が微笑みかけていた。

***

「人の家を〜待ち合わせ場所にしないでくれるぅ〜」
 ここは魔女界。お馴染みの試験官魔女モタがちょっとだけ不機嫌そうに自分達の家の前に集まる魔女見習い達に言った。
「集合場所にちょうど良かったものですから…」
 黄緑色の見習い服の名古屋さくらが素直に謝るように言う。
「モタモタどうしたネ、姿見えないけど…」
 桜色の見習い服の李蘇雲が気になるというふうに尋ねる。モタはいつものスローペースで答える。
「今、バーゲンセールにぃ〜行ってるのよぉ〜」
「…バーゲンって、モタモタさん、ちゃんと買えるんですか?」
 白色の見習い服の如月みるとが何気なく言った。モタのパートナーのモタモタもあらゆる面でスローなのだ。
「みると、それは失礼ですわ」
 さくらが指摘するが…モタは気にした様子も無く答える。
「そぉーなのよ、いつの、迷ってる内に売り切れるのよ〜」
「やっぱりそうなのカ」
 蘇雲は納得するように呟いた。