おジャ魔女わかば
第34話「悪夢のトゥルビオン」
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 今日は2学期の終業式の日。明日からクリスマスとお正月というビックイベントを含む冬休みが始まる訳で子供達は何処か浮き足立っている。しかし、そこに到達する前に超えなくてはならない難関があった。通知表。今日までの長い2学期における学校生活の評価記録を親に報告しなければならないのだ。当然、その内容次第で冬休みの過ごし方に差が出てくると言う訳だ。虹宮北小学校の4年生の教室の一つでも、児童達がそんな運命の瞬間を迎えていた。
「良くできる…できる…がんばろう…やばい、負けこした」
 佐橋亮介は先生から手渡された通知表とにらめっこし、ガックリと肩を落とした。どうやら“良くできる”より“がんばろう”が多いらしい。ここの学校の通知表は“良くできる”“できる”“がんばろう”の三段階評価になっている。
「私も成績落ちたわ!…ほらがんばろうが二つも!」
 川井かえでが大げさに言う。亮介はかえでの通知表を覗き込んで溜息をつく。他はほとんど“良くできる”なのだ。二人は教室の隅っこでこそこそ通知表を確認している緑色のツーテールが特徴の少女、桂木わかばに気がついて駆け寄っていく。
「わかばはどうだった?」
 かえでと亮介がわかばの通知表を覗く。
「ダメだよっ」
 わかばは慌てて拒否するが遅かった。わかばの成績はほとんどが“できる”評価だった。かえでは首を捻る。
「良くも無く、悪くも無く…わかばらしい成績ね」
「もぅ!」
 わかばはムスっとして口を尖らせる。
「さぁ、帰ろう」
 通知表争いに参加していなかった羽田勇太が言った。4人が帰ろうと教室を出ようとした時、わかばは教壇の方に居た先生に声をかけられた。
「桂木さーん、ちょっと職員室にきてちょうだい」
「桂木、何かやらかしたのか?」
 亮介が冗談半分で聞くが、わかばには身に覚えが無いといった感じにオドオドしている。
「みんな、先に帰ってて」
 と言って、わかばは一人、職員室へ向かった。

***

 弥生ひなた。わかばのクラスの担任で今年の春にこの小学校にやってきた先生の一年生。たまに児童に混じって本気で遊んでしまう大きな子供みたいなやさしい先生だった。そんなタイプだから、人見知りのわかばも結構、話したりする事が出来た。
「失礼します」
 わかばは小さくそう言って頭を下げ職員室に入った。教師の数だけ事務机がズラリと並んだ広い部屋の隅の席でひなたが手招きしている。それに気付いたわかばは机やロッカーの間の細い通路をコソコソと抜けてそこに向かった。
「桂木さん、最近少し明るくなったって橋本先生が喜んでたわ」
 やってきたわかばにひなたはそう言って微笑んだ。橋本先生とはわかばが3年生の時に担任をしていた先生だ。その時、不登校になってしまったわかばを今も心配してくれているようで、わかばは嬉しかった。
「もしかしたら、魔法堂に行きだしたからかな…」
 と、嬉しさからか、話しやすいひなたの雰囲気か、わかばは口を滑らせてしまう。ひなたはそれを追求してくる。
「まほーどってなに?」
「あの、その、学校の裏山の向こうにある、占い屋さんで、そこの占い師さんと友達になってよく通っているの…バイトじゃないよ」
 わかばは必死にごまかそうとするが、あまり嘘のつけない性格なので、これが精一杯だった。
「ふーん、そうなんだ」
 ひなたは意味ありげにそう言い、机に置かれた湯呑を口にする。そして今度は真剣な表情をわかばに向け、ゆっくりと告げる。
「桂木さん、なんで呼ばれたかわかる?」
 突然の問い掛けにわかばはドキッとして首をかしげた。見当がつかないのだ。そんなわかばの様子を見たひなたは申し訳無さそうに言う。
「わかんないわよね、当然ね、私のミスだもん。実はね、春の家庭訪問、桂木さん家だけまだだったのよぉ!…先生、うっかり忘れてたの、ごめんね。それでね、今日行くからよろしくと言うわけなの」
 わかばは目が点になった。春の家庭訪問では、わかばの家だけ都合がつかなかったのだ。そのままズルズルと延びて、いつのまにか忘れてしまっていたのだ。わかばの父は仕事の虫で不定期にしか家に戻らないからだ。当然、今日も家には誰もいない。
「あの…家、誰もいませんから」
「そっか…どうしようかしら」
 ひなたは腕組みをして考え込む。そして徐に呟く。
「魔法堂の占い師さんのお婆さんって、桂木さんにとって…家族なんじゃないかな」
「はい」
 わかばは元気に答えてから、どうしてそれがわかるのかと不思議そうに首を傾げる。ひなたは含み笑いを見せて言う。
「何故かわかるのよね。それじゃあ…その占い屋さんに行こう!」
「えぇ!」
 わかばは困っている。でも、ひなたは一人満足そうに頷いている。わかばは何とかひなたが魔法堂に来ないようにと言ってみる。
「それって家庭訪問にならないんじゃ…」
「家庭訪問は児童の学校外での生活を知る事が目的なのよ。家族同然なら全然OKよ。それじゃ、今日、私が行く事、伝えておいてね」
 ひなたはそう笑顔でわかばに告げた。わかばはもう何をしてもひなたを止める事は出来ないと感じてガックリと肩を落としてしまう。かくして魔法堂に先生が来る事になった。

 わかばが職員室を出ると、廊下でかえでが待っていた。
「かえでちゃん」
「帰ろ」
 かえではそう言って歩き出す。かえでが言うには勇太と亮介は先に帰ったみたいだ。校門を抜けた辺りで、職員室からずっと黙り込んでいるわかばにかえでが尋ねる。
「何だったの?」
「えっ…えっと…」
 わかばが言葉を濁していると、かえでは寂しそうに言う。
「言えない事?」
 わかばは慌てて言う。
「家庭訪問っ、わかばんちまだだったんで、今日やるって」
「そうだったんだ…でも、どうするの?…お兄さん?」
 かえではある程度、わかばの家の事情を知っていた。わかばは首を振って言い難そうしている。
「言えない事?」
 かえでが呟く。何故か、かえでのこの言葉に弱いわかばは思い切って魔法堂の事を説明する。もちろん、魔法には触れない様にだ。
「占い…やってたんだ、わかば」
 わかばが魔法堂という占い屋を手伝いながら、占い師から占いを習っているという話に、かえでは意外そうに呟く。そしてある事を思い出す。
「あれ…魔法堂って京都のあの店も…」
 京都の和菓子屋だ。わかばは苦笑いして頷く。