おジャ魔女わかば
第35話「熱いメロディ」
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 突然、扉が開いた。薄暗い室内を扉の向こう側から差し込む光が照らす。そこにはいろんな種類の楽器が綺麗に並べられていた。そう…ここは楽器屋なのだ。銀色のマントを身にまとった長身の魔女が店内に入り、端のカウンターに向かい歩き始める。
「答えは出ましたか?」
 長身の魔女は、カウンターの後にいた魔女ガエルに語り掛けた。
「マジョリード様…」
 魔女ガエルは顔を上げ小さく呟いた。マジョリード、魔女ガエル村の創設者にして村長。魔女は人間に正体がバレてしまうとカエルの姿になるという呪いがあった。不慮の事故等で魔女ガエルの呪いに落ちた魔女達を村に招きいれ、励ましているのが元老院魔女マジョリードなのだ。マジョリードは店内の綺麗に手入れの行き届いた楽器達を見渡しながら告げる。
「この店を愛しているのはわかる、しかしその姿では…。一緒に行こう…マジョメトロ、我が村はいつでも大歓迎だ」
「ありがとうございます…あと、三日…考えさせてください」
 その言葉を聞き、頷いたマジョリードは振り返り扉の方へ歩き出した。
「三日後、また来ます」
 と言い残し、マジョリードは扉を抜け、その向こう側…魔女の世界へ帰って行った。マジョリードのここへの訪問は今回が3回目だという。

***

 翌朝、大きなスーツケースを押しながらゲートを抜けた桂木わかばは、長い空の旅の疲れからか、思いっきり伸びをする。そして思い出したように両耳を手で押さえて困った表情を見せる。
「まだ耳が変だよ〜」
「気圧の変化で鼓膜をやられたね。大丈夫?」
 わかばの後を歩いていたスーツ姿の20代の男性、黒谷圭一が心配そうに尋ねる。
「ん〜、だいぶマシになってきたと思うけど…それより、暑いっ」
 わかばは厚手の上着を脱ぎながら言う。黒谷は苦笑いする。
「こっちは真夏だからね」
 12月も下旬と言うこの時期に半袖シャツ一枚でも良い様な日差し。ここは南半球、オーストラリア。わかばは黒谷に連れられて、この真夏の楽園へと降り立った所なのだ。
 二人は空港を出て、地下鉄に乗る。向うのは昨年オリンピックの開かれた都市――シドニー。日本より大きな電車。そのシートに緊張した面持ちで座っているわかばに黒谷は心配そうに尋ねる。それはわかばの心配事を見透かしているように…。
「何時から会って無いの…お父さんに」
「……ちゃんと話したのは今年の3月かな…。それからは…」
 わかばは言葉に詰まってしまう。わかばの父――貴之はメガゲート社という企業の研究機関に勤めている学者だった。とても仕事熱心で、常に仕事優先にしていて、家に帰ってくるのは最近では月に一,二回、それも真夜中の短時間という具合だった。約2年前にわかばの母親とは離婚し、二人の子供の親権は貴之にあるのだが、この状態なので、わかばは8つ年上の兄と二人暮らしと言う状況になってしまっていた。
 今回、ここシドニーで新しいエネルギーを扱った国際学会が開かれ、貴之もそれに参加する為にここに来ているのだ。
 黒谷は貴之の研究所の研究員の一人で、貴之の助手をしている。またわかばの家庭の事情を知り、この兄妹と付き合うようになり、今では家族と呼べるくらいに親しい存在となっていた。黒谷は研究者して貴之を尊敬していて、彼の研究が今の世界に必要な事を誰よりも理解していた。しかし、その為にわかば達の様に辛い思いをしている人がいる事を見過ごす事が出来なかったのだ。この事に黒谷なりに考えた結果がこうしてわかば達と付き合う事だった。そして今回も貴之の助手としてシドニー入りした黒谷だったが、思い切ってわかばを連れてきて、貴之に会わせてあげるつもりだった。
 わかばの兄――葉輔は家族をかえりみる事無く仕事に徹する父に対し、かなりの反感を持っていた。その為、今回の旅行に誘ったのだが、断られてしまっていた。当然、わかばの中にも父に対する想いはかなり不安定に揺れているのだ。
「ずっと、学会やってる訳じゃ無いから…合間に観光とかできると思うからね」
 黒谷はわざと明るく言う。でも、わかばの表情は晴れない。
「会えば、話せば、そんなモヤモヤ、すぐに何処か行っちゃうよ。家族なんだから」
 黒谷は一生懸命にわかばは元気付けようとしていた。

 電車を降りたわかば達は駅から続く坂道を荷物を押しつつ登って行く。その先に外観が円形の建物が見えてくる。そこが予約しているホテルになる。チェックインを済ませ、5階の部屋に荷物を置いた黒谷がわかばに言う。
「これから下に主任の様子を見に行くけど、どうする?」
 わかばは少し考える。学会はこのホテルの3階の大広間で行われるのだ。わかばは決意を込めて頷く。

 ホテルの3階の巨大な部屋は小さく区切られて、それぞれ研究機関のブースとされ、各々、研究成果の展示の準備が行われていた。わかばを連れた黒谷は配置図を手に目的のブースを探す。そこはMとGの文字をデザインしたマークのパネルが掲げられたブースだった。わかばには到底理解出来ない英文と図が詰め込まれたパネルとテーブルには良くわからない機械と綺麗な透明の玉が並んでいた。その側にスーツ姿の30代後半の男――わかばの父親――貴之の姿があった。
「主任、わかばちゃんと到着しました」
「よく来てくれた。すぐにアレの調整を行いたい。手伝ってくれ」
 貴之はわかばは眼中に無いように話を続ける。
「主任、わかばちゃんは」
 黒谷に言われ、やっとわかばを見つめた貴之は淡々と告げる。
「見ての通り、手が離せないんだ。わかるね」
 わかばは無感情にコクリと頷いて小さく呟く。
「私…一人で大丈夫だから。これで観光してくるよ」
 わかばは空港で貰った日本人用の小さなガイドブックを手に微笑んで見せた。
「ごめんね。夕食は一緒に食べようね」
 黒谷は申し訳なさそうに言うと、わかばは頷いてブースから離れていく。部屋を出る際にもう一度父の方を振り返ったわかばは、父の居たブースに自分と同じ色の髪、そして同年代の少女がいる事に気付いた。その少女はわかばの方を醒めた表情で見つめていた。
■挿絵[240×240(15KB)][120×120(6KB)]

「えっ」
 それを見た瞬間、わかばは胸が締め付けられる想いがした。気がつくとエレベータに飛び乗って、扉を閉めるボタンを連打していた。