おジャ魔女わかば
第36話「師走の忘れ物」
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 12月31日。大晦日と呼ばれる日。師走と呼ばれる12月の中でも飛び抜けて忙しい日かもしれない。翌日に新年を迎え、そこを区切りとして新たな気持ちで出発する為の準備の最終日だからだろうか。
 桂木わかばはこの一年、魔法と出会い、いろんな体験をし、いろんな面で成長させてくれた魔法堂に感謝を込めて大掃除をしに来ていたのだが、実際に始めてみると……。

■挿絵[240×240(20KB)][120×120(6KB)]


「ん〜〜まだ、埃が残っておる。やり直しじゃ」
 スコップに乗った蛙の姿をしたマジョミカが戸棚に降りて、隅っこを指でなぞっては小姑の様にわかばに告げる。
「ふぇぇ〜〜ぃ」
 わかばは嫌々雑巾を手に戸棚に向う。こんなマジョミカのチェックが続くとわかばも流石にウンザリしてしまう。
「だいたい、魔法を使えば早かろうが」
 マジョミカが嫌味っぽく言う。戸棚を拭きつつわかばは答える。
「でも、魔法を使わず自力でやった方が綺麗になったって感じするでしょ」
「お前、それでも魔女を目指してるんか?何も魔法で綺麗にしろと言っているんじゃ無いわ。もっと効率良く掃除する為に魔法は使えないのかと言ってるんじゃ」
 マジョミカが怒鳴るように言う。わかばは首を傾げる。
「それってどんな魔法?」
「例えば、魔法で分身して頭数を増やすとか、箒や雑巾を魔法で動かして掃除するとかじゃな」
 マジョミカはイラつきながら説明する。確かに魔法で直接ゴミ等を消して綺麗にする事より間接的で掃除をしたという感じがするとわかばは納得する。
「早速やってみるよ〜」
 そう言って鞄の置いてある2階へと上がっていくが、なかなか降りてこない。そんなわかばの行動に段々マジョミカのイライラが大きくなっていく。
「何やッとんじゃ!!このノロマがぁぁ!!」
 怒鳴り声にビクつきながら暗い影を背負ったわかばが2階から降りて来た。
「タップが無いんだけど…マジョミカ知らない?」
「はぁ、無くしただとぉ…このおジャ魔女がぁぁ」
 わかばの言葉にマジョミカはブチ切れてすっ飛んでくる。そしてわかばの顔に自分の顔を擦り付けて愚痴愚痴と言う。
「魔女見習いにとって魔女見習いタップは命と同じくらいに大切な物っ。それを無くすとは何事じゃぁ、お前、やる気あんのかっ」
 カエル特有の少し湿った皮膚が不快にわかばの頬を濡らす。わかばはついに耐えられなくなって説教の途中でマジョミカを叩き落とした。
「カエル、キモチワルイっ」
 マジョミカはベチャリと床に激突して微かに痙攣を起していた。

***

 虹宮北小学校。中庭に飼育小屋があり、そこではウサギとニワトリが飼われていた。その小屋の前に一人の女性が立っていた。彼女は4年2組の担任教師、弥生ひなただった。
「ちゃんと飼育当番来てくれてたみたいね……ゴホッゴホッ」
 ちょっと咳き込みながらひなたが呟く。既に仕事納めで休みだったのが、ウサギとニワトリが気になって見に来ていたのだ。児童達を信用はしていたが、家が近くなので念の為だった。
「あら…あれは」
 ニワトリ小屋の中で何かが光っている。ひなたは小屋に入っていく。
「ちょっとごめんね。通りますよ」
 ニワトリを刺激しないように慎重に入って光っている物を拾い上げる。それは円形のコンパクト程度の大きさで真ん中に音符マークのボタン、その周りには色とりどりの丸いボタンが並んでいる。そう……それは魔女見習いタップ。
「わかばちゃんのかな……落としたのね。……ゴホッゴホッ」
 そう言ってタップをポケットに入れる。
「後で届けてあげるかな……ゴホッ」
 小屋を出たひなたは中庭に面した校舎の一階で電気がついている部屋を見つけた。誰かいるみたいだ。ひなたは校舎内へ入って行く。

「仕事熱心ですね〜」
 と言ってひなたが入ったのは保健室だった。そこでは保健医の神無みなみが薬品の整理をしていた。みなみはひなたより少し年上。年齢が近いのでひなたが学校で一番仲の良い人物だった。
「これだけは年内にやっておきたかったから」
 と言って苦笑いしてみせるみなみ。そして思い出したように手を止めて、鞄を開けて白い紙袋をひなたに差し出す。
「これ、お土産」
「えっ…みなみさん、オーストラリア行って来たんですか」
 ひなたは受け取った袋の中のカンガルーのビーフジャーキーを手に聞き返す。
「うん、ちょっと野暮用でね…それより」
 と言いながらみなみはひなたの額に手を当てる。そして顔をしかめる。
「凄い熱じゃ無いの、あなたこそこんな所で何してんのよ。早く家に帰って寝なさいよ」
「ごめん。昨日からちょっと熱っぽくて」
 みなみは棚から薬を持ってきてお土産の紙袋に一緒に入れる。
「すぐに家に帰ってこれを飲んで寝なさい。今は手が離せないから、後で様子を見に行ってあげるわ」
 と言いながらひなたの背中を押して保健室から押し出す。保健医に言われては何も言い返せず、ひなたは言われるままに学校を後にした。家までは原付で5分もかからない距離だ。

***

 わかばは自転車を飛ばして、真冬なのに汗だくになりつつ小学校に到着した。今朝、飼育当番で学校に来ていて、その時にタップを落としたのでは…と考えたのだ。飼育小屋周辺をくまなく探してみてもタップのタの字も出てこない事にわかばは半泣きで叫んでしまう。 「無いよぉ〜」
 わかばは飼育小屋の中に視線を送る。
「今朝は軍曹がいきなり飛び掛ってきて、驚いてこけちゃったんだよね」
 わかばは思い出す様に呟く。その時に落とした可能性が高い。でもそれを確認するには飼育小屋に入らないといけない。しかし中には気性の荒い軍曹という名前の鶏がいる。軍曹に突かれて保健室送りにされた飼育委員は数知れない。躊躇してしまうわかばは携帯電話を見つめるが、そこで動きが止まっている。
「駄目だ駄目だっ」
 わかばはブンブン首を振って叫んだ。今朝一緒に飼育小屋に来ていた友人のかえで、勇太、亮介に連絡して手伝って貰おうと思ったのだが、探し物は魔女のアイテム。それが原因でわかばが魔女見習いだとバレると困るのだ。そうなると師匠の様に醜いカエルの姿になってしまうのだ。
「自分のタップだもん」
 わかばは意を決して飼育小屋に入る。
「軍曹、大人しくしててね」
 わかばは願う様に小さく呟く。飼育小屋の影にキラリと光る鋭い目がわかばをまるで獲物を見るかのように睨んでいた。