おジャ魔女わかば
第38話「愛しのトゥールビオン」
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 桂木わかばの通う虹宮北小学校。2週間の冬休みが終わり、今日は三学期の始業式が行われていた。寒空の下、運動場の朝礼台を前に整列する児童達。みんな吐く息は白く、寒さに小さくなっている感じだった。
「始業式の前に皆さんにお報せがあります」
 教頭先生がヒョロっとした体で朝礼台に上がり話し始める。
「保健の神無先生が我が校を離れる事になりましたので、今日は新しい保健の先生を紹介します。三門先生、お願いします」
 と紹介されて、20代半ばの男の先生が朝礼台に上がってくる。赤毛の長髪と整った顔立ちに児童達がザワザワと話し始める。隙無く着こなしたスーツの上に白衣を羽織っているその男がマイクの前で口を開く。
「ただ今、紹介に預かりました三門と申します」
 甘い声が響き、女子児童達が黄色い声を上げる。そんな中、わかばは突然、姿を消した神無の事を思っていた。
「神無先生、どうしたんだろう」
 前任の保健医の神無みなみは何の挨拶も無しにわかば達の前から姿を消したのだ。もちろん、今日、この場にも居ない。同じく、朝礼台の横に並んでいる教師達の中で、わかばのクラス担任の弥生ひなたも同じ気持ちで三門の話を聞いていた。
“みなみ……何でなの、私は何も聞いていない”
 期待と疑問、複雑な気持ちを広めながら始業式は続いていく。

 半日の学校を終え、わかばは友達の川井かえでと二人で下校しようとしていた。校門を抜けた所で、青いワゴンタイプの軽自動車がわかばの目に入る。知ってる車なのだ。
「黒兄ぃの車だ」
 車の運転手、研究者であるわかばの父親の助手をしていて、わかばの家に良く遊びに来ている青年、黒谷圭一は学校から出て来たわかばに気が付いて、車を降りて来た。手には花束を持っている。
「わかばちゃん。ちょっとお願いがあるんだけど」
 黒谷はわかばに駆け寄りながら、急かすようにそう言った。わかばは首を傾げている。
「保健室に案内して欲しい。みなみさんに会いたいんだ」
 切実そうに懇願する黒谷にわかばは言い難そうに困った表情を見せていた。見かねてかえでが口を挟む。
「保健の神無先生は急に学校を辞められましたけど」
「えっ」
 かえでの言葉に黒谷は白くなってしまい、しばらく動けないでいた。

***

 日曜日の朝。
「お兄ちゃん、おはよぉ〜」
 わかばが眠たそうにキッチンに姿を見せた。トースターにわかばの分の食パンを放り込んだ兄、葉輔が聞いて来る。
「パンはピーナッツバターか、それともブルーベリージャムか?」
「…今日は、ピーナッツがいいな」
 わかばの答えを聞くと葉輔は冷蔵庫からピーナッツバターの入った容器を取り出した。そしてふと思い出したようにわかばに尋ねる。
「最近、黒兄ぃ、遊びに来ないけど、どうしてるんだろ」
「ほぇ……」
 言われて、わかばはあの真っ白になっている黒谷の姿を思い出し、その時の事を兄に話した。
「失恋してたんだ……傷心で引き篭もってんのかな。それとも旅行、失踪?……にしても、その保健の先生」
「神無みなみ先生?」
 何か意味ありげな葉輔にわかばは答えながら首を傾げる。
「昔、親父の研究所にそんな名前の女の人が居たんだ。その時、黒兄ぃもバイトで研究所の居たし。わかばも一度会っていると思うけど。小さい時に」
 記憶を辿るように話す葉輔にわかばは思わず驚いてしまう。みなみが意外と自分に接点があったからだ。でもわかばは幼すぎて憶えていなかった。
「その時も、いきなり姿を消したみたいだよ、その人。それで黒兄ぃ、再会するなり、また逃げられたんだ。よっぽど嫌われてるんじゃ無いのかな」
「そ、そーなのかなぁ」
 わかばは苦笑いしてしまう。そうこうしていると、トースターのパンはこんがりと少し焦げるくらいに焼き上がっていた。わかばはそれにピーナッツバターをたっぷり塗って頬張る。わかばが食パンを食べ終わった頃に、葉輔はポツリと呟く。
「わかばさぁ…最近、夜とか出歩いてない?」
「?!」
 わかばは軽く驚いてしまって声にならない返事をしてしまう。人間界と魔女界の扉が繋がるのは笑う月の出ている時だけ。つまり魔女界に行くのは夜に限定されるのだ。どうやらそれを薄々感ずかれているようなのだ。一応、パートナー妖精のシシにわかばの姿に変身してもらって身代わりに置いているのだが……。
「今は…話せないの、でもいつかはちゃんと話すから…」
 嘘の苦手なわかばの精一杯の言い訳だった。でも、果たして話せるときが来るのだろうか……と、わかばは心の中で苦笑いしてしまう。
「ああ、わかったよ、僕はわかばを信じているから」
 わかばの予想に反し、あっさりと納得する葉輔。長年彼の妹をしているわかばに言わせると変だった。葉輔は他人の秘密を意地でも知ろうとする一面があることをわかばは知っていた。ではこの兄の態度はいったい?…わかばはしばらく考え、ある答えに到達した。
「…お兄ちゃん、私に何か隠し事があるんじゃない?」
 それまですましていた葉輔の表情が一変し、汗をダラダラかき始めた。明らかに焦っている。
「な、何を言い出すんだ!…わ、わかば、そろそろ出掛けるんじゃないのか」
「今日は、ちょっと余裕があるから、もうすこし…」
「いや、今すぐ出掛けた方がいい、直ちにぃ〜」
 のんびりしようとしていたわかばに葉輔は即答する。どうも葉輔はわかばが家に居て欲しくないようだった。
“ピィンポーン”
 そんな時、玄関のインターホンが来客を告げた。葉輔の顔色が変わる。わかばは葉輔を押し退けて玄関に向かった。葉輔はわかばを止めようとしたが遅かった。
“ガチャッ”
 わかばが扉を開けると…、そこには赤いライダースーツを着た女性が立っていた。それはわかばの見覚えのある顔だった。
「えっと……カズミさん?」
「あ、あなた…去年の秋に梅田で会ったぁ…葉輔の妹だったんだぁ〜」
 この女性は、去年の秋に、わかばがつくしとあずさの三人で梅田に行った時に会った女子高生だった。
「なんで、カズミさんがここに?」
「葉輔、何も話してないんだね」
 カズミの言葉に葉輔はわかばの後で真っ赤になっている。それを見てわかばはピンときた。
「えっ、二人ってもしかしてぇ」
「うん、私が彼にラブラブなの!」
 と言ってカズミは葉輔に抱きついた。