おジャ魔女わかば
第40話「最後の試験?」
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『あたし、大きくなったらお店屋さんするの。魔法みたいに役に立つ商品売って、みんなの生活を豊かにするの。だからお爺ちゃんも来てね。サービスするから』
 膝の上に座る小学校に入ったくらいの幼い女の子が嬉しそうに話す。夢を語る女の子はちょっとおませさんな感じだった。しかし、そこが愛くるしい。
「絶対に行くから……絶対に…」
 硬く約束するも、その女の子は突然、成長し小学校高学年くらいの少女になる。そして微笑みに20%の悲しみを混ぜたような表情で抱きついてきて、何度も呟く。
『お爺ちゃん、ありがとう……ありがとう……ありがとう』
 何も言えなかった。その“ありがとう”は何故か“さようなら”と聞こえたからだ。

 老人はハッと目を覚ます。そして“またか”としばし呆然とする。そう……その少女との出来事は、ここ10年くらい良く見る夢なのだ。その出現周期は次第に長くなっているのを老人は寂しく感じていた。今では半年に一回あるか無いかくらいの割合なのだ。そしてそれが今日だった。この夢を見た日は“ある行動”をとると言う事を老人は密かに決めていた。それは他にどんな用事があっても、どんな邪魔が入ってもだった。そうする事で少女ともう一度会えると信じて……。

***

 日曜日、目の下に薄っすらとクマを作った桂木わかばが虹宮の魔法堂に出勤してきた。寝不足の為なのか、彼女のトレードマークの頭部左右のツーテールも元気が無くショボンとしている。
「……ライダー、来週で最終回だよ〜」
 わかばの呟きは今朝見てきたヒーロー番組の話らしい。この魔法堂のオーナー魔女マジョミカの妖精キキはわかばの顔を見て心配そうに尋ねる。
「今日の試験が気になって、一睡もしてないのね」
 そう、今日はいよいよ彼女の1級魔女見習い試験の日なのだ。
「おいおい、そんなんで大丈夫か?」
 スコップに乗り宙を飛んでいる魔女ガエルのマジョミカも店の奥から顔を出して来た。人間に魔女である事を見破られ魔女ガエルの姿となってしまったマジョミカは、その見破った人間であるわかばを魔女にして、その魔法で魔女ガエルから元の魔女の姿に戻してもらわなくてはならないのだ。わかばが魔女になる為の最後の試験が今日行われるのだ。と言う訳でマジョミカも気が気じゃ無いのである。
「大丈夫だよ、試験までに少し寝ておくから……」
 と力無く答えたわかばは、そのままテーブルに突っ伏して眠り始めてしまう。

 お昼前、大阪から発明家魔女のマジョフォロンとその弟子である蒼井つくしが虹宮魔法堂にやってきた。つくしは店の隅で寝ているわかばを見るなり、大声で叫んだ。
「起きろーっ!試験が始まるでぇぇぇーっ!」
「は、はいっ!」
 わかばはビクッと背中を波打たせ、焦って飛び起きた。
「……酷い」
 それを見ていたキキはこっそり呟いた。わかばはキョロキョロしてオドオドし始める。
「え…えっとえっと」
「ごめんごめん、冗談や冗談っ」
 つくしはお腹を押さえ、笑うのを堪えながらわかばに言う。それを理解したわかばはムスっと怒った素振りを見せアピールする。しばらくして店内に置いてある壺から煙と共に試験官がふき出してきた。
「さぁ〜ぁ1級魔女見習い試験〜虹宮大会の2日目が〜、は〜じまるわよぉ〜」
 細身の魔女モタがいつのも口調で話し始めた。続いて太めの魔女モタモタが受験者のリストを見ながら尋ねる。
「あずさちゃんのぉ〜姿が見えないようだけど〜ぉ」
 今日、ここで一緒に試験を受けるはずだった京都の魔法堂の魔女見習い、日浦あずさがまだ到着していないのだ。待ち合わせの時間には遅れた事の無い律儀な性格のあずさなだけに、心配になって、わかばは魔法携帯電話ピロリンコールであずさに電話してみた。
『お掛けになった電話は、ただ今、電波の届かない所か、電源が入っておりません。しばらくしてからお掛け直し……』
 しかし、あずさの携帯には何故か繋がらなかった。
「そう言えば、京都線で事故があったみたいで、電車のダイヤが乱れておったな」
 マジョフォロンが思い出したように言う。それを聞いたわかばは試験官に必死に懇願する。
「試験官、もうちょっと待ってくださ……」
「待った分だけ、あなた達が不利になるのよ〜〜それにぃ、この試験は、正午から始めるってぇ、開始時間が決まってるから〜、残念だけどぉ…」
 モタが言い難そうにわかばに説明する。そしてモタモタが事務的に試験内容を説明し始めた。
「1級試験は〜、日暮れまでに、魔法を使って良い事をして、ありがとうって言ってもらえたら合格。我々は地域住民のお役に立てる魔女を目指すのよぉ〜それじゃぁ〜、時間が無いので、試験開始ぃ〜」
 と、いきなり試験が始まってしまった。わかばとつくしの2人は箒に乗り、困っている人を探しに虹宮の空に散っていった。

***

 京都から西へ向う電車は大阪駅の幾つか手前の駅で数珠繋ぎのように何台も並んでいた。人身事故の影響で電車がストップし、ダイヤが大幅に乱れているのだ。数十分動かなくなった電車の車内で日浦あずさはつり革を手に静かに復旧を待っていた。周りの乗客からは不満の声が上がり始めていた。
『とんだ災難ね』
 あずさが肩からかけている鞄の中から、あずさの師匠魔女のマジョリーフが小声であずさに告げた。
「こればっかりは仕方ないわ」
『魔法の箒で行けば良かったのでは』
 マジョリーフの問いかけにあずさはハッキリと答える。
「流石に京都虹宮間を箒で移動するのは疲れるわ。今回のは重要な試験だから万全の体勢で臨みたかったのよ」
『でも、それで不合格になるのは、どうなの』
 そうなのだ、万全を喫した結果が不合格なのだ。しかし、あずさは冷静に答える。
「次のチャンスに挑めれば良いだけよ。今日はその時の参考にわかば達の試験を少しでも見学できればと思っているわ」
『なるほどね』
 マジョリーフはそう言って何も言わなくなる。弟子のあずさは冷静で完璧だった。師匠として何も言う事が無いくらいに。それは頼もしくもあり、時に寂しくもあるとマジョリーフは複雑な心境になってしまっていたのだ。しばらくして電車が少し動き始めた。