おジャ魔女わかば
第42話「ヒミツの箒」
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 寒い日曜の朝。少女は暖かい弁当を父親に差し出す。
「いつもすまないな、ウララ」
 父は弁当を鞄に入れながら、少女に言った。ウララと呼ばれた少女は首を振って答える。
「それは言わない約束だよ、パパ。ウララ全然平気だもん!」
「でも、もう1ヶ月になる…公恵が家を出てから」
 父は玄関で靴を履きながら呟いた。
「パパ、そんな言い方しないで、ママはお仕事で帰れないんだから」
 ウララは必死に主張する。そんなウララに父は微笑む。
「そうだったね。すまない。じゃあ、行ってくるよ」
 そう言って、父は仕事に出かけた。それを見送ったウララは溜息をついた。それと同時に台所の戸棚から一匹の魔女ガエルが顔を出した。
「…治。出かけたみたいね」
「ママ」
 ウララはその魔女ガエルを“ママ”と呼び、家の中に入って行った。

「はぁ〜…私、魔女に向いてないのかな…魔法のセンス無いみたいだし」 
 それはウララが父には決して見せない弱気な表情だった。
「大丈夫よ、最初は誰でも失敗するものよ」
 魔女ガエルが優しく語り掛ける。
「でも、私、もう自信ないよ…今晩もきっと…こんなんじゃママを元の姿に戻してあげられないよ」
 ウララは泣き出しそうそうだった。
「今日は魔法の練習は無しにしましょ、気分転換に買い物にでも行って来なさいよ」
 言われるままに、ウララは出掛ける準備をさせられた。

 この少女、名前を椰下(やしもと)ウララと言う。虹宮北小学校の3年生。2学期の終業式の日に不思議な箒と出会う。実はその箒には邪悪が封印されており、偶然にもその日は謎の“渦鏡”の影響で街中が悪しき魔力に満ちていた。箒に封じられた邪悪はその力を利用しウララに声を送り、封印の主である魔女の正体をウララに見破らせて魔女ガエルにする事に成功した。封印の主、即ちウララの母親、椰下公恵は魔女だった。人間の男性、椰下治と出会い、恋をし魔女であることを隠して結婚した…いや魔女ガエルの呪いがある以上そうするしかなかった。また寿命の問題でそれが悲劇を生む事も承知の上でだった。彼女は魔女界で優秀な悪霊払いだった。
 こうして、ウララは自ら母親を魔女ガエルにしてしまい、魔女見習い修行が始まった。また、ウララの父は母が除霊師である事は知らされていたので、ウララは父に母は急な仕事で遠出していると伝えた。そして急いで呪いを解くため魔女を目指す。しかし、その第一歩である9級魔女見習い試験に合格できずにいた。

 ウララは行く当てもなしに街を歩いていた。頭の中は今晩の試験の心配で溢れそうだった。ふと顔をあげたウララは、見たことのない道を歩いていた。そしてその道の先には、魔法堂と書かれた小さな占い屋が見えた。
「占ってもらおうかな…」
 ウララは何か見えない力に引っぱられるように店に入って行った。店内では占い装束に身を包んだ少女がウララを出迎えた。
「余程切実な悩みがあるようですね…」
 その少女、占い師見習いの桂木わかばが営業用のセリフを言う。ウララは思い切って悩みを打ち明けた。
「私、落ちてばかりで…試験に受からないんですぅ」
「試験…落ちる…受からない……」
 今のわかばにとって聞きたくないセリフの連発にショックを受けて、わかばはその場に倒れた。
「あちゃーっ、ノックアウトや〜」
 奥から蒼井つくしが出てきた。その後に続いて、日浦あずさも顔を出した。
「ウチがピンチヒッターや、なんの試験なん?」
 つくしがウララに話し掛ける。
「魔女の試験です…あっ、いけない!」
 自分にとって禁句を言ってしまったウララは自分の口を押さえて青ざめる。自分が魔女見習いである事を見破られると母と同じ魔女ガエルの姿になってしまうのだ。
「あんた、魔女見…」
「だめぇぇぇぇーっ!」
 つくしのセリフの途中で、ウララは叫びながら見習いタップを出し、お着替えを始めた。クリーム色の見習い服が宙に舞う。
「プリティ・ウィッチー・ウララっち」
 しっかりポーズをとってから、ステッキ状ポロンを出して、魔法のメロディを奏で始めた。
「プワリンチュアリン ハレハレグゥ 何でもいいから止めてぇぇぇっ!」
 魔法がつくしを直撃しかけた時、つくしは咄嗟に足元に寝ていたわかばを身代わりにした。煙に包まれ、そして…。
“カチン!”
 煙がはれると…そこには石像と化したわかばが立っていた。さらにポロンを振ろうとするウララをあずさが後から羽交い絞めにして耳元で囁く。
「私達も魔女見習いだから落ち着いて」
 ウララの動きが止まる。
「えっ、そーなんだっ」
「あなた、試験に受からないって、ポロンを見るからに、6級以下ね、何級なの?」
 あずさがウララのステッキ状のハレグゥポロンを見て尋ねる。そこにつくしが口を挟む。
「そりゃ、やっぱり、6級やろ、あれは大変やった…」
「6級は簡単だったわよ」
 つくしに対して、あずさはあっさりと言う。
「あんたは特別や!」
 あずさとつくしのやり取りの後で、ウララは言い難そうに小声で呟いた。
「あの、私、9級に合格できないんです…」
 “えっ”と、いがみ合っていた二人はウララの方に振り向いた。

「あ〜〜あ〜あぁぁぁ〜♪」
 歌声が近づいてくる。店内の隅に置いてあった壺が踊りだす。モクモクと問屋魔女デラが飛び出た。
「マジョォミィカァ〜、ご注文のぉ〜占いグッズ持ってきたわ〜よ」
「マジョミカは、朝から留守です」
 あずさが答える。
「それじゃぁ、わかばちゃん受け取ってね〜」
「わかばは無理や」
 つくしが石像化しているわかばを指さして言う。デラはマジマジと石像を見つめ…呟く。
「この店、来シーズンは“石屋さん”に改装するの?」
「し、しません。そうだ、わかばを元に戻さないと」
 あずさが思い出したように言う。
「私、良い魔女鑑定士、知っているわよ、紹介してあげましょうか」
「いらへんちゅーに!」
 つくしが断るが、
「でも、それ、出来がいいから結構、高値がつくと思うけど…」
「えっ、マジっ」
 デラの言葉につくしの心がちょっと揺れた。
「もう、悪い冗談は止めて、…ウララさん、わかばを元に戻して」
「は、はい」
 あずさに言葉でウララはポロンを構えた。
「プワリンチュアリン ハレハレグゥ 元に戻れぇ!」