おジャ魔女わかば
第43話「四葉のクローバー」
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 単線の私鉄。その終点の紅葉園と言う小さな駅の前を緑色の髪をツーテールにまとめた少女が駆けて行く。彼女の名前は桂木わかば。小学四年生。時間的に夕方前で下校中のようだ。わかばは駅の改札口横に設置されているチョークで書き込めるタイプの掲示板を気にしつつ、結局、見ないで走り抜けていく。急いでいるみたいだ。
 駅から10分くらいの住宅街にある自宅に辿り着いたわかばは鞄から鍵を取り出し玄関の扉を開ける。当然の様に誰も居ない家の中に入り、リビングに鞄を置き、そのままキッチンに入る。そこのテーブルには朝見て放置したままの朝刊が無造作に置かれてあった。わかばは新聞に挟まっているチラシの内、スーパーマーケットのチラシだけを抜き出して一つ一つ吟味するように見ていく。そして冷蔵庫を開けて中身のチェックを始める。冷蔵庫に怪獣の形をしたマグネットで貼り付けられた食事当番表の今日の曜日の夕食欄にはわかばの名前が書かれてある。
「今夜はカレーで良いかな。本当はカクナカ行きたいけど、お米買わないといけないから、グルメタウンにするかな」
 米びつを見ながら独り言の様に呟くわかば。カクナカとグルメタウンはわかばが良く行くスーパーの店名だった。カクナカは浜の方で、ちょっとわかばの家から遠かった。その為チラシも入らない。しかし、いろんなものが格安で買えるので、わかばは自転車で度々利用していた。一方、グルメタウンは電車で二駅の所にあり、わかばにとっては交通の便が良い。お米の様に重たい荷物がある時はこちらを選んでいた。こうしてわかばはお米とカレーの為に足りない材料を調達する為に出かける準備を始める。まだ小学四年生であるわかばだが、両親の離婚で母と別れ、父は仕事が忙しく、今は兄と二人の生活と言っても過言では無かった。そんなわかばにはこれが日常となっているのだった。

 自宅を後にしたわかばは小走りで駅へと続く坂道を降りて行く。間もなく駅に到着したわかばは最初に券売機横の時刻表を見てみる。次の電車まで10分弱時間があった。わかばは軽くため息をつく。だいたい15分おきに電車が来るので、5分くらい前に電車があった事になるのだ。わかばは券売機にお金を入れ、タッチパネルに表示されている目的の駅まで料金に触れ、下から出てくる切符を手にする。そして手持無沙汰に目を泳がせていると、改札横の掲示板に目がとまる。何気なくそれをチェックするわかば。心の何処かでアルファベットの最後の三文字を書き込む様な暗号を期待していたりもした。小さな駅なので、そんなのはあり得ない……いや、都会の大ステーションでもそうそうそんなのは無いのだが。

『神楽へ。今日、午後5時にO池広場で待つ!By黒い六年生』

 などと言う書き込みに目がとまる。わかばは首を傾げる。神楽と言うと、いつしか親友のかえでが恋した六年生の男の子で……というくらいの認識だ。黒い六年生はその名の通り六年生で悪ガキ三人組という感じで、いろいろ問題起こしていたので、わかばでも名前は聞いた事があった。関わった事は無いのだが。わかばは彼らがもう少しすると、O池という、ここから5分くらいの場所で戦うのではと想像する。最初、戦う以外の想像もしたのだが、それに関してはすぐに考えるのをやめにしていた……無理に。そう思うと考えてしまう訳で、わかばが頭を抱えうんうん唸っていると…。車のクラクションがそれを終わりにしてくれた。その音は危険に対する注意を促すニュアンスでは無く、誰かを呼ぶ感じのものだった。わかばは振り返ってみると、駅前の道路脇に良く知る赤いワゴンタイプの軽自動車が停車していた。運転席では幼い印象の大人の女性が手を振っていた。
「優子さん」
 わかばは呟いて小走りで駆け寄っていく。
「わかばちゃん、どこ行くの」
 グルメタウンに夕飯の買い物と答えたわかばに優子は車に乗るようにと身を乗り出して助手席側の扉を開いた。何か告げようとしていたわかばだったが、優子に急かされ何も言えずに車に乗り込む。その手には電車の切符が握り絞められていた。
「私も夕飯の買い物だったのよ。一緒に行きましょ」
 車を動かし始めた優子が嬉しそうに言う。優子はわかばの家の近所に住んでいるクラスメート、羽田勇太の母親だった。勇太とは幼稚園の時から付き合いで、お互いの母親も仲が良く家族ぐるみの付き合いをしていた。だから、両親が離婚して母がいなくなったわかばの事を何かと気にかけてくれていた。
「お米買うつもりだったから、助かりました」
「何処行くぅ?」
 道なりに走って踏み切り待ちで停車した車内で優子がわかばに尋ねる。目の前にはわかばが乗ろうとしていた電車が駅の方へ走って行く。それを見ながら……。
「ちょっと遠いけど、カクナカお願いしていいですか」
 わかばは思い切って言う。車なら、こっちの方が断然お得だと思うからだ。優子は始めて聞く店名に首を傾げているみたいだ。わかばからカクナカの場所を聞いて驚く。
「ええっ、それって浜の方だよ。わかばちゃん、そんな所まで買い物に行ってたのっ」
「た、たまにだよ」
 わかばは苦笑いしながら答える。
「でも、いろいろお買い得なんだよ」
 とわかばは今まで買ったお買い得品を幾つか説明すると、優子は目をキラキラさせる。
「そ、そんなお店があったなんてぇ。よっし、行くよ、行ってやるぜぇ〜」
 等と言いながら優子はご機嫌で車を走らせる。わかばはふと思い出す。優子がペーパードライバーだった事を。
「優子さん、運転」
 わかばが言い難そうに尋ねると優子は微笑む。
「先月から練習始めてるのよ。峠デビュー目指してね」
「えっ」
 わかばは言葉に詰まってしまう。どうやら、アニメか漫画にハマって運転を始めたみたいだと。今度はふと、優子が尋ねてくる。
「個配にしたら良いんじゃないかしら。食材とか日用品」
 個配とは個別配送の事で、カタログ注文で品物を届けてくれる一部のスーパーマーケットの行っているサービスだ。
「最初はお兄ちゃんとそれも考えたんですが……手数料がバカになりませんから。それに買い物って楽しいから」
「そっか」
 そう言って優子は頼もしそうに微笑んだ。それは何処と無く子供の成長を喜ぶ親の目だった。一時期、わかばが不登校に陥ったのを知っているだけに、こう言えるだけ元気になったわかばを見るのが嬉しいのだ。