おジャ魔女わかば
第43話「四葉のクローバー」
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 虹宮の南。虹宮浜はたくさんのヨットが並ぶヨットハーバーだった。そのすぐ側に大きな建物があった。大型のスーパーマーケット“カクナカ”と複数の専門店が入ったショッピングモールだ。
「一階駐車場は満車なのねぇ」
 赤字の満車表示を見ながら、優子は車をスロープの方へ向わせる。建物の三階と屋上も駐車場になっているのだ。しかし、その三階駐車場も満車で仕方なく屋上へ向う事に。
「凄いね」
 優子は駐車場の状況から考える客の入りに驚いている。
「うん」
 わかばもちょっと驚いている。いつもは自転車で駐輪場に入れるだけなので、あまり気にしていなかったからだ。半分近く空いている屋上駐車場で入れ易そうな場所を選んで何とか駐車した優子は車から降りて伸びをする。
「ぷわぁ〜。思えば遠くへ来たもんだ……ん、あれっ」
 ノビノビと呟いた優子は何か見つけて走って行く。車を降りて店内入り口を探しキョロキョロしていたわかばは走り出した優子に慌ててついていく。優子は駐車場に作られた花壇の前にしゃがみ込んでいる。
「優子さん、どうしたんですか?」
 わかばが尋ねると優子は嬉しそうに答える。
「ほら、クローバーがこんなに」
 花壇はクローバーの緑で埋め尽くされていた。
「わかばちゃん、探すよ。四葉のクローバー」
「えっ」
 優子はそう言って目の前のクローバーかき分け始める。わかばはそんな優子が何かとダブって見えた気がして、思わず聞き返してしまうのだが、自分も隣にしゃがみ込んで一緒に探す事にした。そうすれば、その何かがわかる気がしたから。

 クローバーは一般的にはシロツメクサを指す事が多く。茎は地面を這うように伸び、主に三枚の葉をつける。稀に四枚の葉を付ける物もあり、それは幸運を運ぶと呼ばれていた。
“わかば、四葉のクローバーの四つの葉には希望、誠実、愛情、幸運を表すと言われているの。わかばには全部、手に入れて欲しいから、探しましょ、四葉のクローバー”
 声が聞こえた気がした。わかばの手が止まる。それは過去、近所の山に母親と登った時の記憶だった。それを思い出し、無意識に涙が頬を伝う。わかばは優子に気付かれない様にそれを拭う。
「あ〜う〜。無かったね……四葉のクローバー」
 花壇の端まで行ってしまい、優子は残念そうに言う。
「そんなに簡単に見つかったら、幸運って感じしないから」
 そう言ってわかばは立ち上がり、店内の方へ向う。優子も頷いて後に続いていく。

 一階の広大な食料品売り場で買い物をする。優子は売り出し品のポップを見る度に嬉々とし、どんどんカートに積んで行く。わかばはそんな優子に苦笑いしつつ、自然とその横に寄り添って行くのだった。買い物を済ませた二人が二階のフードコートに差し掛かる。そこは幾つもの飲食店が並んでいる。
「ちょっとスィーツしてこ」
 と言って優子はそっちへとわかばを引っぱって行く。

「優ちゃんとじゃ、こういうの楽しく無いからね。やっぱ女の子じゃないと」
 優子はそう言いながら、度派手なトッピングのソフトクリームを嬉しそうに食べている。そのお向いの席でわかばはメロンソーダーを飲んでいた。しばらく黙っているわかばに優子は心配そうに尋ねる。
「どうしたの?……美味しくない?」
 優子を気遣い慌ててわかばは答える。
「ううん、違うの。お母さんの事、少し思い出して……」
「そっか。でも、たまに会ってるんでしょ」
 何気なく口に出た優子の言葉がわかばの胸に突き刺さる。両親が離婚した一昨年の春から一度も会っていないからだ。急に泣きそうになったわかばから意味を理解した優子は慌てて尋ねる。
「えっ、何で。先週、駅前のトマガリで若菜さんに会ったから……てっきり家に顔出してるんだと思ってたのに」
「お母さんが……虹宮にっ」
 若菜と言う母の名前に、わかばは思わず聞き返してしまう。それくらいの衝撃だった。
「ん〜、会うとお互いに別れが辛いから会わないのかな。若菜さんらしいけど……。でも、たまに様子を見に来てるんだと思うよ、わかばちゃんの」
 優子は優しくわかばに言う。わかばは母が今でも自分を気にかけてくれていると言うのが嬉しかった。

***

 日が暮れて真っ暗な家にわかばは帰宅する。パチパチと明りを灯していく。そこはいつにも増して寂しく感じた。優子のおかげで楽しかった分、今日は尚更だった。買って来た食材をキッチンのテーブルに置く。溜息が出た。今日はこの寂しさに堪えられない気がしたのだ。でも堪えるしか無い寂しさでもある事を理解していた。わかばはリビングのソファの方へフラフラと流れていく。そしてクッションをギュっと抱き締め、ソファに横になる。
“お母さんに会いたい”
 クッションを締め上げる腕にそう想いを込めた。優子との買い物はわかばに母親の存在を否が応でも思い出せた。でもそれは楽しく嬉しくて。そして優子から聞いた母の事。母がこっそりわかばを身に来てくれていたという事実。嬉しかった。でも、母を想えば想うほど、現状が寂しく辛く耐えられなくなるのだった。このギリギリの一線のせめぎ合いにわかばはソファの上で必死に戦っていた。そして、いつしか眠りに落ちる。

***

「ただいまっするぅ?」
 ピザ屋でのアルバイトを終えて帰宅したわかばの兄――葉輔は部屋の電灯はついているのに、妙に静かな室内に疑問を抱きながらリビングに入って行く。そこで寝ているわかばを確認してホッと安心する。
「何だ寝てるのか」
 と小声で言って小走りでキッチンへ入る。
「やべぇ、今日、俺が当番だっけ」
 と焦りつつ、テーブルに置いたままの食材に首を傾げながら食事当番表を見る。やはり今日の曜日の所にはわかばの名前が。
「やっぱわかばじゃ無いかっ」
 ちょっとムッとしてヅカヅカとわかばの方へ行く。そしてわかばを起そうと手を伸ばすも、その顔に涙の後があった事に気付き、そっと手を引っ込める。葉輔はそのままキッチンに戻って材料からカレーだなと判断し黙々と調理を始めた。しばらくして電話が鳴る。その音でわかばは跳ね起きた。