おジャ魔女わかば
第45話「超音速の魔女達」
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「わかば、もっとイン側に入って、シフトダウン、軽くブレーキ、そしてフルスロットル!」
 シシはカーブ毎にわかばに的確な指示を出した。わかばは出来る限りそれに忠実に従ったつもりだった。わかばのタイムが巨大モニターに表示される1分35秒04。
「わかば、やるやんか!」
 ピットに戻ってきたわかばは大歓迎された。
「シシが思いついたんだよ」
「これなら、何とかなるかも」
 あずさがそう言って、走る準備をしていると、蘇雲が告げる。
「でも、これじゃ、レースで相手を抜く事はできないネ」
「確かに相手と同じラインを走っていたら抜けないか…」
 あずさは納得する。
「抜けはしなくても、ついて行く事はできる。そうすれば、いつかチャンスがくる。レースは何が起こるかわからへんからな」
 つくしがそう言って、ガッツポーズを取る。
「ま、それもそうかもネ」
 蘇雲が安心したように呟いた。

 それから何度か走り、制限時間があと15分を切った頃の二人のベストタイムは、あずさ1分34秒28、わかば1分34秒13とマジョリンに迫りつつあった。そんな時、チームサリバンのピットのシャッターが開く音がした。蘇雲が言う。
「えっ、今頃お出ましカ……あと1回位しか走れないヨ。それとも余裕カ」
 そのピットから白いマシンが飛び出した。ヘルメットで誰が乗っているかはわからない。そしてマシンを送り出したピットで魔女ガエルが作業をしていた。つくしはその魔女ガエルを見て叫んだ。
「マジョフォロン!」
 わかば達がつくしの声に驚いて振り向く。しかしマジョフォロンは答えない。白いマシンはマジョリンのベストラインとは別の独自のラインで走行し、このコースのコースレコードを叩き出した。
「1分32秒30やってぇ…」
 つくしは混乱していて、その場に膝をついた。ピットに戻ってきた白いマシンからドライバーが降りてきて、ヘルメットを脱いだ。白いレーシングスーツに金髪のロングが広がる。あずさは一瞬、目を疑った。そしてその魔女の名前を漏らす。
「……マジョバニラ」

***

 ウィッチーフォーミュラーと名付けられた今回の試験。1日目の予選タイムトライアルが終了し、ポールポジションはマジョバニラのチームサリバン、フロントローにマジョリンのチームロイヤル。わかば達、チームワカバは本戦では一番後ろからのスタートになった。予選終了後、わかばとあずさはつくしの様子がおかしいのが心配だった。
「…このレース、絶対勝たれへん…何やっても無駄やぁ」
 つくしは虚ろな瞳で呟いていた。わかばが心配そうに言う。
「よっぽどショックだったんだね……師匠の裏切りが。でも、つくしちゃんが魔女にならないと元の姿に戻れないのに、なんでこんな事を」
「……自分を乗り越えて欲しいと願っているのかもしれないわ」
 ピットの奥で沈黙していたあずさが口を開いた。そこにシブキとイブキがやって来て同意する。
「私達もそう思いますが」
「でも何も今じゃなくても」
 わかばは悲しそうに言う。
「ええ…そうね、でも、もし、マジョフォロンに何か急ぐ理由があるとしたら」
 あずさはそう言って考え込んだ。
「私達はマスターにつくしの手伝いをするように言われて来ましたから」
 イブキはそう言って、近くの計器のチェックを始める。あずさはもしかしてと呟く。
「現状の実力を埋める為のハンデって事かしら」
「でも、あっちはフブキさんがサポートしてるみたいだよ」
 わかばはこっそり隣のピットを覗き込んで言う。
「あれはフブキ姉さんのスペアボディに汎用OSを積んでるだけのモノだから、スペックは低いわ。本物は店番と警備の為にMAHO堂で留守番なのよ」
 シブキがサラりと言う。攻撃的な性格のフブキには、破損時にすぐに使えるスペアボディが用意されているのだった。
「いくら、シブキ達がサポートしてくれたって、今のウチがマジョフォロンに勝てる筈ないやろっ」
 急に立ち上がったつくしは感情を爆発させたように叫ぶ。直後、あずさがスッと立ち上がり、つくしの頬を平手で引っ叩く。
「あずさちゃんっ」
 わかばが慌てて二人の間に入る。あずさは普段からはあり得ない程、感情的につくしに告げる。
「あなたが一人で試験に落ちるのは勝手だわ。でも、それに私とわかばを巻き込まないで欲しいわ」
「あんたに何がわかるねんっ」
 つくしは涙目であずさを睨みつける。あずさは溜息を付いて言う。
「らしく無かったわね。でも、それはあなたも同じよ……つくし。あの飛行機は飛んだんでしょ。ならば、あなたはマジョフォロンと向き合えるようになったんじゃないの。マジョフォロンの気持ち。師匠の気持ちを考えてみなさいっ」
 そう言ってあずさはピットから出て行く。わかばは慌ててあずさを追って行く。
「あわわわ……あずさちゃん」
 つくしは呆然と呟く。
「……気持ち」
「師が弟子に持てる技術を伝えるのは、いつしか弟子に自分を超えて欲しいからではないかと……私は思うんです」
 さくらが優しく言う。みるとも頷いている。
「まぁ、全力でぶつかれば良いのヨ。砕けようが何しようが、良い経験になるネ」
 蘇雲の軽口につくしは慌てて否定する。だいぶ気が楽になったみたいだ。
「砕けたらあかんやろ……そやな。もはや拒否してられへんのやな。師匠と戦えるチャンスが巡ってきた事をホントは喜ばなあかんのやろな。あずさはんには嫌な役をやらせてしもた。後で謝っとかんと……」
「もう大丈夫みたいだね。それじゃ、私達、戻らないと。明日、試験だから」  みるとはそう言うと、三人は申し訳なさそうに帰って行く。つくしはありがとうと三人の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。そして、キリッとした目で気合を入れ、マシンに向き合う。シブキとイブキも側に集まってくる。

***

 チームサリバンのピットではパタパタとメイド姿のフブキがマジョバニラに入れたての紅茶を差し出す。そしてそのままマジョフォロンの方へ戻り作業を手伝う。
「何で私がこんな事を」
 フブキはマジョフォロンにしか届かないくらいの小声で言う。
「プロジェクトに参加する前につくしを自立させたいのです。プロジェクトに私を参加させるのがあなたの役目なのでしょ。なら手伝って欲しいけど」
 マジョフォロンは淡々と言う。