おジャ魔女わかば
第48話「虹宮の空」
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 大佐はキキに体を摺り寄せてくる。キキに気があるのだ。しかし、キキは……。
「ええい、気色悪いっ」
 と大佐を蹴り飛ばす。大佐の猫にしては大きな体が宙を舞う。大佐と出会ってからキキの脚力はアップしたと言う。
「病院からの長い道のりをキキの為だけに往復してくれているんだから、少しは褒美を与えても良いのではないのか」
 半ば、呆れながら、スコップに乗ったカエルの様な生物が飛んでくる。彼女は魔女のマジョミカ。キキの相棒なのだ。
「あれはあれで、嬉しいみたいだけど」
 しかし、蹴られてニヤニヤする大佐を見たキュキュが信じられないという感じに呟くのだった。
「他の奴らは数日で回復したというのに、何であいつは……もう20日を過ぎる。まったくグズなやつじゃ」
 マジョミカは文句を言う様だが、表情は悲しそうだった。
「全てを自分で引き受けようとしたんだろう。らしいと言えばらしいが」
 キュキュは悔しそうに言う。それは本来、自分がしてやるべきだったと言いたげなのだ。
「とにかく、今は様子を見るしかないわよ」
 キキはそう言って転がっている大佐の上に腰を降ろした。何故か大佐は嬉しそうに頬を赤く染めている。

***

 虹宮北小学校の昼休み。かえではクラスメートの羽田勇太と佐橋亮介の席に来ていた。
「何してるの?」
 かえでは尋ねた。二人は筆箱を手になにやらポーズを決めているのだ。
「……起きた時に、喜ばしてやろうと思ってな」
「ライダーの変身ポーズをマスターしようとしてるんだよ」
 亮介と勇太が言う。日曜の朝にやっている特撮番組に出てくるヒーローの変身ポーズの練習だそうだ。筆箱はそのヒーローが使う変身アイテムの代用らしい。裏面に両面テープを貼った筆箱を腰の部分に当て、くっ付けてビシっとポーズを決める。
「……男子って」
 かえでは呆れてしまい、頭が痛くなる。そんなかえでに担任の弥生ひなた先生がやって来て尋ねようとしている。心配そうな先生の顔で何の事か理解したかえでは先に言う。
「今日も駄目でした」
「……そう。そっか」
 と呟いて、先生はそのまま窓の外に目をやる。まるで遠くを見つめる様だった。

***

 校舎の屋上では龍見ゆうきが携帯電話で通話していた。学校内での携帯電話の使用は原則禁止されているので、影に隠れてこっそりとだ。
「まったく。寝てる私の中にはズカズカ入って来たくせに……今度は私を拒むなんて」
 ゆうきは怒りを受話器に叩きつける様に話すが、段々口調は悲しげな感じに変わる。
『あなたとは違うわ。あの子は……殻に篭る事にかんしてはベテランだから。でも、だからこそ……解放してあげたいのよ。私が。前にあの子がしてくれたみたいにっ』
 いつに無く熱く語っている受話器の向こう側は、京都に住んでいる日浦あずさだった。
『今晩、もう一度やるわ。多少無茶でも……』
「私を置いていったら、殴るからね。あの子には言いたい事がたくさんあるんだから」
 ゆうきはあずさにそう言って電話を切った。そして空を見上げる。綺麗な青空が頭上に展開していた。

***

 大阪の北にある大企業メガゲート(MG)社本社ビル。その地下研究所の一つである桂木研究室。そこで男が二人、報告書に目を通していた。20代の若い方の黒谷圭一という男が言う。
「テトラフレームのエネルギー変換システムの問題、解決したみたいですね。凄いや」
 部屋の奥のデスクで黙々と報告書を読んでいるのは室長の桂木貴之博士。彼は小声で呟くように言う。
「我々の作り出したEXPドライブ。エネルギー源としては魅力だが、応用の困難さが欠点だった。それでMG社も持て余していたものを……ナゴハイムは一体、何をしたんだ」
「ナゴハイムの知り合いに聞いたんですけど、その筋の専門家に依頼したって言ってました。でも、こうも簡単にやられちゃうと、気になりますね」
 黒谷は思い出したように報告する。報告書を置いて立ち上がり黒谷に背中を向けた貴之が言う。
「まぁ、計画が早い段階で次のステージに上がれるのは良い事だが……問題はまだ山積している。特にコアをどうするか」
「それは組織が探している所で……。実働部隊も捜索に駆り出すとか駆り出さないとか……それより、主任。私、今日、お見舞いに行きますけど、ご一緒にどうです?」
 黒谷は話を変えて誘うように言う。貴之は淡々と答える。
「あの場には既に二回ほど足を運んだ。これ以上、何の進展も無いと思うが」
「それでも行くべきですよ。主任が側にいれば、もしかすると」
 それでも黒谷は主張するが、貴之は無感情に言う。たぶん、本人は冗談のつもりなのだろうが。
「起きるものも起きなくなるさ」
「……でも、あの症状は、あの時のバイオハザードの後遺症と酷似しています」
 と口にした黒谷に対し、貴之は黙り込んでしまう。しばらく沈黙が続いて、貴之がポツリと口を開いた。
「仮にそうだとするならば、今の我々に出来る事は、計画を進める事じゃないのか」
 その後、やはり沈黙が二人だけの室内に流れていく。

***

 放課後。かえでは虹山公園に来ていた。手には携帯電話がメール本文画面を表示した状態で握られていた。
「ホント、急に虹宮に来るなんてメールしてきて……」
 キョロキョロと公園を見渡すが、相手はまだ来ていないみたいだ。広場のすり鉢状のモニュメントでは、子供が二人、逆転スピナーと言う対戦型玩具で遊んでいた。その様子を遠目で見ながらかえではベンチに座った。

「行くぞ、タモツ。勝負だ。切り裂け!マッハトルネーダーX!!」
「ケンジ、お前には負けねぇ。フォトンクルーラーF!!」
 二人の子供がスピナーバトルを開始する。各々、気合の入った掛け声とポーズでシュータからスピナーを発射する。それはベーゴマの上のフィギュアが乗っている感じで、すり鉢状のオブジェ内で高速回転しながら激しくぶつかり合う。その高音の金属音はベンチに座っているかえでの耳にも届いて来ていた。