おジャ魔女わかば
第50話「さよなら魔女界」
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 大魔法使い界の崩壊から早くも一ヶ月がたとうとしていた。

 虹宮は三月中旬で、冬はとうに終わりの雰囲気を見せ、だいぶ暖かくなってきた。今日は日曜日。そんな街を急いで走って行く少女がいた。走るリズムに合わせて踊る頭のツーテールがチャームポイントの“桂木わかば”だ。わかばはダムの側にポツンと建っている古めかしい建物“占いの館魔法堂”にやって来たのだ。
「おはよ、マジョミカ」
「おおっ、今日もキリキリ働けよ〜!」
 店内に顔を出したわかばの挨拶にテーブル上からカエルの姿をした魔女のマジョミカがムスッと答えた。黒尽くめの占い装束に着替えるわかばは店の奥の方に目をやる。そこにはデスクトップパソコンが一台置いてあった。
「どうしたの、あれ?」
 わかばは指差して尋ねる。お姉さんの様な雰囲気の妖精キキが飛んできて説明する。
「中古で買ったのよ。これからはITの時代だからって、つくしが言うからね」
「ふーん。で、つくしちゃんは?」
 わかばはキョロキョロしながら尋ねる。キキも辺りを見渡す。
「さっきまで、ここに居たんだけど」
 床の隅っこにある地下倉庫への扉が“ギィ〜”っとゆっくり開いて、中から蒼い跳ねっ毛の少女、蒼井つくしが細かいパーツをたくさん抱えて出て来た。
「あかん、ケチり過ぎた。快適に使お思て、カスタマイズしていくと、新品買った方が安かったかもしらんわ。ま、ええか、どっちにしてもマジョミカの金やからな」
 と独り言を言うつくし。つくしの師匠魔女のマジョフォロンが突然失踪し、以前、マジョフォロンに頼まれていたマジョミカが、身寄りの無いつくしを引き取る事になったのだ。そしてつくしは、ここの地下室に住み着いていた。元々物置だった地下室は、今ではつくしの研究所兼自室となっていた。
「おっ、わかば、おはよ」
「つくしちゃん、おはよ」
 つくしとわかばは挨拶を交わす。そこにマジョミカの不機嫌な声が飛んでくる。
「わかばぁ!早くせんかぁ」
「は、はい〜」
 わかばは慌てて、占い師見習いの自分の持ち場に付く。マジョミカの機嫌が悪い理由はいろいろあった。弟子の様な居候が望んでないのに出来てしまった事も一つ。しかし、最大の理由は別にあった。

***

 何処の世界でも通用するアイドルを目指して、日々精進する少女、如月みるとはその日、福井の自宅でのんびりテレビを見ていた。そんなみるとに弟のりょうが話し掛けてきた。
「最近、魅力のパラメーターが下がったんじゃないの」
「りょう、どーゆー意味よぉ!」
 みるとは振り返りムスッとして見せた。
「女の秘密は魅力の一つネ」
 何処からとも無く李蘇雲が現れて、みるとの隣に腰を下ろした。
「そぉ、何処から出てきたのよ」
「細かい事気にしない、気にしない。みると秘密無くなったネ、魅力減るの当然」
「やっぱり、お姉ちゃん、何か隠してたんだぁ!」
 りょうがみるとを追求するが…。
「無くなっても秘密だよ♪」
 みるとは意地悪っぽく舌を出して答えた。
“パシャ”
 突然のフラッシュにみるとは驚く。
「いいですわ、みるとその顔いただきですわ」
 その声は、デジカメを持った親友の名古屋さくらのものだった。
「さ、さくらまで、何処から出てきたのよ」
「気にしない気にしないですわ。みると油断しすぎっ」
 さくらはニコニコと答えた。

***

 日浦あずさは電車を降りて、虹宮駅の改札を抜けた所で知り合いの龍見ゆうきを見つけた。
「ゆうきさん」
 静かに駆け寄って声をかけた。ゆうきはあずさに気がついて、不思議そうに尋ねる。
「あずささん、日曜日は稼ぎ時なのに店を明けていいの?」
「…はははっ、今日は休みなのよ、はははは…」
 あずさはちょっと無理のある笑いで誤魔化した。さすがにそれにゆうきは苦笑いしてしまう。二人の行き先が同じ事は、ここで出会った時点でわかっていて、二人はその目的地に向かい一緒に歩き始めた。
「マジョシルフさん、あれからどうなの?」
 ふと、あずさは気になっていた話題をふってみた。ゆうきはしばらく沈黙した後、努めて普通に答える。
「まだ、マジョハートの所に入院中。退院したら即牢獄行きだけどね。あなた達のおかげで刑はかなり軽くなったらしいんだけど、本人が納得していないようで……」
 ゆうきの声はだんだん小さくなって行く。
「ある意味、潔い人だと思うわ」
 あずさは青い空を見上げその魔女を思い出しながら呟いた。二人の中でマジョシルフとの出来事、そして魔女見習いとして修行した日々が甦ってきて、しばらく無言のまま目的である魔法堂まで続く坂道を登って行った。

***


 虹宮の駅近くの小さな商店街にある喫茶店。ドアについたベルが柔らかい金属音を奏で、少年が入店してきた。彼はゆうきの兄の龍見ゆうま。ゆうまは長身の男が二人、向かい合って座っている席に向った。
「アニニーテさん、ルキアさん、お久しぶりです」
「ゆうま君、お元気そうで何よりです」
 ルキアは挨拶を交わすが、アニニーテは溜息を返すだけだった。
「どうしたんですか、アニニーテさん」
「王子は、何か人生の目標を失ったような喪失感を感じているそうです」
 ルキアが説明した。この二人、実は魔法使い。大昔に一部の魔法使いが旅立ち作った大魔法使い界の住人で自らを大魔法使いと呼んでいた。アニニーテはその世界の王子で、ルキアはその側近で親友なのだ。しかし、その大魔法使い界は…。
「…故郷が消滅しちゃったんですからね、眠りから覚めた仲間は、新しい大魔法使い界を作るべく旅に出たんですよね」
 ゆうまは確認する様に言う。
「はい、そして我々は魔女界及び魔法使い界との連絡要員として魔法界に留まる事になりました」
 元気の無いアニニーテは呟いた。ゆうまはあの崩壊現場に居合わせて、崩壊を食い止められなかった事で、申し訳無さそうな表情をしていて、それを見たアニニーテが言う。
「遅かれ早かれ、あの大地は崩壊していたでしょう、故郷の崩壊は仕方ない事であります、きちんと心の整理はできています…。そ、それよりみるとちゃんが魔女芸能界から姿を消した事がショックでショックで…」
 言いながら泣き出すアニニーテに意表をつかれたゆうまは滑ってしまう。
「そ、そんな事だったんですか〜」