や〜っと!おジャ魔女わかば
第15話「戦わない海賊」
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“ガタガタガターーッ”
 細かい振動が長時間に渡って船内を襲う。厨房では慌ててコンロの火を消すが、載っていたお鍋の中のスープはその振動で辺りにこぼれてしまう。
「もぉ〜、何のよ〜」
 パティシエ服を着て調理していた少女は布巾を手に困った様に呟いた。隣の食堂のテーブルでは白衣を着た老人がお茶を飲んでいたのだが、そのお茶も湯呑みごと何処かへ転がって行ってしまっていた。その老人が説明する。
「今、ちょうど、隕石群を通過しているんじゃ。この戦艦の装甲は最強を誇っておるから、平気じゃが、普通の船なら、オシャカじゃろうな」
 ここは星の海の魔女海賊マジョランス海賊団のシュモクザメを模して作られたハンマーヘッドシャーク号という戦艦の内部だった。老人はこの海賊団で医師を務めるドクターへモーという魔法使い。少女はコックをしているミドリという名前の緑色ツインテールがトレードマークの魔女見習いだった。
「おさまったみたいですね」
 ミドリはちりとりを持ってきて、食堂の床で割れている湯呑みを処分しながら言った。
「みたいじゃな…すまんがお茶を」
「はい」
 ミドリは嬉しそうに答えた。その直後、さっきよりも激しい揺れが船内を襲う。
“ドガガガガーッ!”
「何なの〜」
 ミドリは立っていられなくなってしゃがみ込んでしまう。
「この振動は……隕石郡の出口で待ち伏せをされていたみたいじゃな」
 流石にこの生活の長いヘモーはこの振動が装甲に石が当るものでは無く、ミサイルによる攻撃である事がわかっていた。ミドリは尋ねる。
「ロイガですか?」
「いや、ロイガはこんな安モンは使ってないじゃろ……これは同業者じゃな。それも、かなり格下の」
 ロイガとは魔女界の王宮騎士団ロイヤルガードの略称、つまり軍隊の事だった。振動だけで、それだけの情報がわかってしまうヘモーを尊敬しつつ、ミドリは複雑な思いが湧き出すのを抑えられないでいた。
「先生、お茶、ちょっと待ってくださいね」
 そう言って、ミドリは食堂を飛び出して行った。

***

 ハンマーヘッドシャーク艦橋では艦長マジョランスの指揮下、激しい応戦が行われていた。正面の大型モニターには、マンボウの形をした敵戦艦が映し出されている。その独特の半円のフォルムには大量のミサイル兵器が搭載されていた。ミサイル自体はそんなに破壊力のある物では無かったが、これだけ連続して撃たれると、流石にコチラもきつい。
「ああっ、もうっ、チマチマとぉ〜〜!」
 艦の操舵を任されている若い音楽界出身の魔法使いビーンは勘弁して欲しそうに声をあげた。これだけのミサイル雨を細かい操舵で半分近く避けているのだ。しかし、彼の集中力が下がっていくにつれて被弾率が上がっていく。
「この攻撃、艦の損害より、中の損害を狙っているのかもしれませんね」
 オペレーター席に座って、状況を分析しているビーンと同郷の魔法使いグロウが艦長に告げる。火器の制御を行うポジションにいる副長のマジョレイピアは言う。
「長引くと、いろいろ問題が発生します」
「そのようね…レーザーの出力を絞って、全門同時照射。敵戦艦をデブリに追い込む」
 マジョランスはそう言って、マジョレイピアにレーザー照射の準備、グロウに経路の計算をさせる。
「レーザー…てぇ!」
 マジョランスの号砲と共にレーザーの光束が発射される。それは敵戦艦の逃げ場を完全に塞ぐ形で迫って行く。いや、正確に言うと、一方向のみ空いている空間がわざと作られていて、そちらへ回避した所に、すぐさま第2射が来る。これを繰り返すうちに敵戦艦は隕石郡へと近づいていく。

 ミドリが艦橋に辿り着いた時、敵のマンボウ戦艦は隕石郡に突っ込んでしまい、隕石の衝突をまともに受けてボコボコに変形し、まともな航行が出来ない状態へと陥っていた。
「どうしたんだ、ミドリ」
 モニターを見つめて固まっていたミドリにマジョランスは声をかける。
「あの…どうして…どうして、こんな」
「悪い、長い話なら、後にしてくれ…今から戦闘の後処理なんだ」
 と言って、マジョランスは艦橋を出て行く。グロウとビーンも後に続く。マジョレイピアは万が一の場合に備えて艦橋に残っていた。ミドリは尋ねた。
「後処理って?」
「勝者は敗者から戦利品をもらう事ができる。この海の掟だ」
 淡々と答えるマジョレイピア。ミドリは悔しそうに握った拳をプルプルさせている。そして走って艦橋を出て行った。マジョレイピアはそんなミドリを不思議そうに見ていた。

 厨房に飛び込んだミドリは、泣きそうな顔をしていた。
「おかしいよ、そんなの……」
 そう呟きつつ、炊飯器の蓋をあける。保温状態だった今朝の残りのご飯が湯気をあげてミドリを迎えてくれた。

***

 マンボウの海賊船に乗っていたのは、半漁人の様な生き物達だった。あまり見かけないが、れっきとした魔法界の住人。マジョランス達は有無を言わさず、彼らに戦利品である、彼らの船に積まれていたお宝を、接弦しているハンマーヘッドシャークの方へ運ばせていた。
「ま、こんなもんかしらね」
 マジョランスは奪ったお宝を眺めて満足そうに言う。半漁人達はトボトボと自分の壊れた船へと戻って行こうとする。そこに大きなお皿を持ったミドリがやってきた。お皿には山の様におにぎりが積まれている。
「あの、これ、残り物のご飯ですが、良かったら食べて元気だしてください」
 と言って、半漁人達に差し出すミドリ。半漁人達は戸惑いながらも、ミドリの誠意が通じたのか、嬉しそうにおにぎりの山を受け取って自分達の船に戻って行った。
「あ〜あ、レイピアが知ったら怒りそうな事を…」
 マジョランスは呆れて呟く。宇宙旅行において、こんな勝手をする事は乗組員の命に関わるだろうからだ。
「まぁ、食料関係はミドリに一任してあるから、いいんだけど」
 そう言って、マジョランスは艦橋に戻ろうとする。それをミドリが呼び止める。
「艦長っ」
「戦闘がそんなに不満?」
 マジョランスはミドリの心を見透かすように言う。図星を付かれたミドリは驚いて言う。
「どうしてそれを…」
「顔に…その怖い顔に書いてあるわ」
 そう言ってマジョランスは苦笑いした。