おジャ魔女ひなた91
第3話「私の望みは何?」
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 虹宮山手の高級住宅街。その一角の赤レンガの家がある。そこの玄関の大きな扉を子供一人通れるぐらい最小限に開いて、緑がかったカールした髪の少女がコソコソっと中に入って行く。
「ただいま帰りましたぁ〜」
 と小声で言った後、誰も居ない事を確認して、靴を脱いであがろうとすると、しかし奥からパタパターッと誰かが走ってくる。
「ななみお嬢様っ」
 それは20代半ばのメイド服の女性だった。
「いずみさん、ただいま帰りました」
 少女は苦笑いしながら挨拶する。この少女は春名ななみ。この家の娘だった。父はテレビ局のプロデューサーで、母は女優。2人とも仕事で多忙でほとんど家には居なかった。家の事やななみの事は、家政婦の春日いずみに任されていた。そんないずみの横を通って行こうとするななみに、いずみは声をかけた。
「お待ちください、お嬢様。洋服をこんなに汚して…何をして来たんですか」
 ななみの服は砂埃や、草が擦れた緑色、また一部破れていた。
「……いやぁ〜その…一言では」
「また、男の子達に混ざって遊んでいたのですね、お嬢様は女の子なのですよ、もう少し自覚をお持ちください」
 いずみの説教が始まる。

 いずみの説教を終えて、着替えて自室に戻ってきたななみ。ベットに腰掛けて溜息をつく。
「はぁ〜。魔法の洋服があればなぁ〜。どんな遊びしても汚れない破れない。ううん、自己再生で良いのよ」
 ななみは立ち上がって苦笑いする。
「ひなたに“またそれかい”って笑われるわね。私が本当に欲しいのは……そんな物じゃ無い…私の望みは何?」
 そこまで言ってななみは黙り込んでしまう。まるでそれを心の奥に押し込んでいる様に…。

 翌朝の登校途中。ななみは学校へ続く長い坂道の下で親友のひなたを待っていた。そこが二人の待ち合わせ場所だった。しばらくしてひなたが元気そうにやって来た。ここ最近のひなたは何かが変わったように元気だとななみは感じ、それに引き替え自分は昨日の事を少し引きずっているなと自覚していた。
「おはよ、ななみ」
「うん、おはよ」
 少しぎこちないななみの返事にひなたは首を傾げていた。二人はしばらく無言で道路に沿って坂道を上る。やがて道は道路と分岐して細くなる。この辺でちょうど半分だった。その辺りでひなたは口を開いた。
「ななみ、何かあった?」
「え、別に…」
 言葉を濁すななみをひなたは真っ直ぐな瞳で見つめていた。この目にななみは弱い。
「あのさ、ななみ、私の事…裏の自分までさらけ出せる親友だって言ってくれたよね」
「はぅ……そーだったね」
 ななみは罰が悪そうな表情を見せている。実際ななみは特殊な性格であると自他ともに認めていた。そして逆に真っ直ぐなひなたとは意外と馬があった。ななみはひなたの事を裏の自分まで全てを見せられる親友だと常々言っていたが、実際は悩みとかは一人で抱えてしまう自分を思い知らされていた。
「ごめんひなた。私、もっとひなたを頼って良いんだよね」
「ったりまえだよ〜」
 ひなたは当然の様に言う。ななみは少し照れながら話し出した。
「いずみさんに怒られたんだよね〜」
「いずみさんって、ななみの家のお手伝いさんだよね…すごく話しやすい良い人じゃないのよ〜」
 ひなたの言葉にななみは頷いて同意する。
「何で?…ななみが何かしたんでしょ」
「私が男子と遊ぶのがダメだって…」
 ななみは小声で言う。
「遊んでて、洋服とか汚したり破ったりしたんでしょ」
 ひなたの言葉に図星をつかれたななみは返す言葉が無い。そんなななみを見つめながらひなたは尋ねる。
「いったい、どんな遊びしてたの」
「…学校下のお墓の横の草原の斜面で段ボールをソリにして…」
 ひなたはななみの解答からその場所を思い浮かべ、その傾斜にぞっとする。さらに気になる事があって口を開いた。
「ななみ…昨日、スカートだったよね」
 ななみは昨日は膝上位のスカートをはいていた。この遊びには向いていないとひなたは感じていたのだが…ななみはそれに頷いた。ひなたは呆れて言う。
「いずみさんが怒るの少しわかる気がするよ」
「だよね…」
 ななみは苦笑いで答えた。
「私、いずみさん好きだし、別に怒らせたい訳じゃ無いんだよ……私が本当に望んでいるのは…怒って欲しいのは…」
 そう言って、ななみは黙り込んでしまった。ひなたは何も言葉をかけられず、しばらく無言で歩く事になる。そして二人の前には学校の校門が大きな姿を見せて来た。

 その日、学校でななみはずっとその事を考え込んでいるようだった。ななみの遊び仲間の男子達も、その普段と違うななみに戸惑っている。
「春名の奴、何か悪いもんでも喰ったのか?」
「そんな、ショーグンとは違うよ」
 ショーグンと言うあだ名の大柄の少年にこういちが言う。その目は心配そうにななみを見つめていた。

 放課後、ひなたは思い切って帰り際のななみに告げる。
「ななみ。あんたの思う様にやってみなよ。私はどんな時も味方だからさ」
 ななみは振り返って“にっ”と笑う。
「そうよね、悩んでるのも少し飽きたしね。やるだけやってみるよ。よろしくね、ひなた♪」
 ひなたはそれにXサインで答えた。