おジャ魔女かぐら
第5話「吹雪と魔女」
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 かぐらは何か思いついたように嬉しそうに言う。
「私も一緒に行きたい…深雪ちゃんと。何か出来るかもしれないっ」
「何を言いますの…それに何も出来ませんわ」
 ナスカが嫌味っぽく言う。
「しょんなぁ〜」
 かぐらは不満そうに体をクネクネさせる。そんなかぐらをナスカは見つめ呟く。
「どうしても行きますの?」
「行くッ!」
 かぐらはナスカを真直ぐ見つめて力強く言った。
「3日よ。それまでは私と妖精で何とかしますわ。それ以降は知りませんわ」
「ありがとう〜ナスカちゃんっ」
 かぐらは嬉しくてナスカに抱きついてしまう。
「ヒョヒョ、かぐらの姿になれる?」
 かぐらを引き剥がしつつ、ナスカが自分のパートナー妖精のヒョヒョを呼ぶ。黄色の小さな光がすぐに飛来して、ナスカの側で眩く輝く。それは大きくなって形を変える。光が止むとそれはかぐらの姿になっていた。まるで鏡を見るような感覚でかぐらは驚いて言う。
「ヒュヒュちゃん、凄いっ」
「鍛えてますから」
 ナスカは当然という感じに言う。さらに嫌味も忘れない。
「こんな時、あなたの妖精は不便ですわね」
「シロとクロは…お目付け役だから」
 かぐらは苦笑いしつつ答えた。いつもはかぐらの左右に髪を束ねている髪飾りと同化しているかぐらの妖精だが、今日は一緒では無く別行動を取っていた。ナスカはそんなかぐらに言う。
「早くお行きなさい」
 かぐらは頷いてトイレから出て行った。

***

 かぐらは魔女見習い教習所から少し離れた湖の畔で深雪が通るのを待っていた。しばらくしてフワフワと曇り雲に乗った深雪が飛んで来た。かぐらは地上から大きく両手を振りながら呼びかける。
「深雪ちゃーーん」
「かぐらちゃん?」
 深雪は驚いて曇り雲を降下させる。かぐらの側に降り立ち、深雪は尋ねる。
「どうしたの…こんな所で」
「一緒に行くよ。何かできるかもしれない」
 かぐらは深雪に迫るように言う。意気込みが伝わってくる。しかし…。
「でも…」
 遠慮しがちに言う深雪にかぐらは微笑んで返す。
「友達でしょ。遠慮は無し無しっ」
 そんなかぐらに深雪は嬉しくて微笑み返してしまう。かぐらは深雪が乗っている曇り雲を興味深そうに見つめて尋ねる。
「私、乗れるかな?」
 もしかすると純粋な心で無いと乗れないのではと思い、自分の心が純粋なのか悩んでいるみたいだ。
「大丈夫だよ。クラちゃんもかぐらちゃんが大好きだから」
 深雪がさらりと言う。クラちゃんとは曇り雲の名前なのだ。と言うか、雲に人格があるらしい事にかぐらは少し衝撃を受けながら、遠慮がちに雲に乗ってみる。
 足場がしっかりしていないせいか、どうもしっくり来ない半分浮いている様な乗り心地にかぐらは首を傾げてしまう。
「すぐに慣れるよ」
 深雪はそう言って、雲を急上昇させた。心地良い風と共に、目下に魔女界のカラフルな世界が広がる。

 魔女界の片隅の古びたアパートの前に深雪は雲を降ろした。かぐらは首を傾げる。
「えっ、ここが、深雪ちゃんの故郷?」
「違う違う。ここに扉があるのよ。故郷に通じる扉が」
 深雪はそう言って、階段を登り2階へ向う。かぐらも慌てて後を付いて行く。
「扉?」
 深雪が2階の真ん中の部屋の扉をノックしているのを見て、かぐらが呟いた。扉は普通に開いて、中も普通に部屋になっている。かぐらは予想が外れた事に苦笑いする。この部屋から出てきたのは深雪と同じ氷の髪と雪の肌をした年上の美しい女性だった。
「紹介するね。羽雪(はゆき)姉さん。魔女界で仕事をしているの」
「かぐらです」
 かぐらはペコリと頭をさげて挨拶する。羽雪の佇まいは物語で見かける雪女のそれだった。羽雪は優しくかぐらに微笑んで、深雪に言う。
「聞いたよ。お母さんの事。私、アレが無かったら、すぐに行ってあげれたのに…」
 羽雪は部屋の奥を指差している。そこには造りかけの氷のオブジェがあった。羽雪は氷の職人としてパーティやイベント用にオブジェを作って納品していた。素材が氷なだけに長時間放置は出来ないのだろうとかぐらは理解した。深雪は羽雪に当然の様に言う。
「ううん、私の母だから」
 この深雪の言葉からかぐらは羽雪が深雪の実の姉で無く、同郷で“姉の様な人”である事を知る。
 羽雪は部屋の奥から魔法陣の書かれたシートを持ってきた。それは簡易魔女界の扉と呼ばれる魔法アイテムで魔女界と他の世界を繋ぐ事のできる。
「それじゃ、行くね」
 深雪はそう言って魔法陣に飛び込もうとする。羽雪がそんな深雪に告げる。
「あなたのお母さんと妃雪(ひゆき)によろしくね」
「はい」
 深雪は微かに表情を曇らせ、そう答えて魔法陣に消えて行く。かぐらもそれを追って魔法陣に入った。

 魔法陣を抜けるとそこは一面の銀世界。雪で覆われた山岳地帯だった。そう、ここが雪魔女の住んでいる白雪界。
「すっごーいっ」
 かぐらは雪なんて人間界の事の書かれた本でしか見た事無かったので、本物の雪に感激してしまう。
「かぐらちゃん、こっち」
 深雪は雪の大地を滑る様に移動していく。しかし、かぐらはそうは行かず、足が深い雪に沈んでしまい、足を取られ四苦八苦してしまう。
「あっ、ごめんなさい。クラちゃんお願い」
 かぐらの様子に気が付いた深雪が曇り雲を呼んでかぐらを乗せてあげる。
「いや〜お手数お掛けします」
 かぐらは面目なさそうに言った。こうして二人は森の方へ向う。森はそこだけが不自然なまでに吹雪いていた。さらにそれは奥へと進むほど酷くなるのだが、深雪の体から発している雪魔女独特の特殊なオーラに包まれているおかげで、かぐらは猛吹雪に晒される事は無かった。
 二人は吹雪の中心地となっている山小屋に到着する。深雪はついてくるかぐらに告げる。
「かぐらちゃんはここで待っていて。普通の魔女だと病気がうつってしまうから。クラちゃん、かぐらちゃんをお願い」
 深雪の曇り雲が薄く広がり、かぐらの体を包んだ。これが防寒具の役割を果たし、かぐらは吹雪の中でも自由に動けた。
「うわ〜すごいっ」
 かぐらはちょっとはしゃいでしまう。そんなかぐらに深雪がお願いする様に言う。
「かぐらちゃん、それでね。誰もこの中に入らないようにしていて欲しいの」
「了解でありますっ」
 かぐらは敬礼する仕草を見せて、すぐに可笑しくて笑ってしまう。