おジャ魔女かぐら
第7話「月と雪の魔女」
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 魔女界の野原を横切る長い一本道。深雪はその道を一人で踏みしめるように歩いていた。いつもは自家用曇り雲に乗ってサラっと移動するのだが、今日はそんな気分では無かった。深雪の中ではいろんな想いが渦巻いていた。悲しみ、後悔、申し訳無さ、嫌悪感。それらを押し殺すように勤めて無表情を装っている。その深雪の影が微かだが不自然に揺れた。その瞬間、深雪は振り返り、影の揺れた部分を踏みつける。そして小さく呟く。
「……私と一緒に帰って」
 影からの反応は無かった。いや、何も無いのが反応だったのかもしれない。

***

「深雪殿が教習所を辞めた」
「それでかぐらはグズってるのか」
 かぐらの病室でベットに横になり泣いているかぐらを見ながら、彼女のパートナー妖精のシロとクロが口にした。二人はナスカから事情を聞いたところなのだ。
「にゃんで、私に何も言わなゃいで深雪ちゃんが辞めないといけないのっ。体が動けばしゅぐにでも飛んでいくのにっ」
 涙声のかぐらが悲しそうに言う。じっと黙っているナスカも実はかぐらと同じ気持ちだった。
「私……嫌われたのかな」
 そう呟いたかぐらは黙り込んでしまう。思い当たる節は無い。だからこそ無意識の内に深雪を傷つけたのでは無いかと心を痛めていた。
「姫……落ち着いて聞いて欲しいのですが」
 苦しそうなかぐらの様子を見かねてシロが何やら慎重に話し始める。
「月の魔女学校での歴史の授業をお覚えでしょうか。あの伝説にうたわれるカグヤ様が地上に降りた背景にあった情勢を……」
 カグヤ姫に関してはかぐらにとって一番好きで得意な所だった。しかし、その背景の月世界の情勢まで行くと曖昧な所があるのだった。
「月魔女と闇の魔女が長きに渡り戦争していた……ってやつかな」
 かぐらは答える。かぐらにはこれくらいしか言えないのだ。ナスカは前にかぐらが雪の世界に行った時にシロから聞いた話を思い出しハッとする。
「闇の魔女というのは……もしかして深雪さんの先祖?」
 シロはナスカに頷いて続ける。
「何故、雪魔女の事を月では闇魔女と呼ぶか、それは彼女達が月に住まう闇の魔物と通じていたからです。元々、雪魔女は月の先住民族でした。月魔女は魔女界からそこに後からやってきたのです。もちろん領土を巡って何度も小さな紛争があったそうです」
「良くある話だけど、話し合えなかったの」
 ナスカが苦言を呈すると、シロは言い訳するように言う。
「あちらは月の闇により魔力を増幅させこちらを攻撃してきたと言います。こちらは月の輝きで魔力を強化し、それに対抗するのがやっとと伝えられています」
「光と闇……相反するモノなのね」
 これも良くある話なのだが、ナスカはそう呟き納得してくれた。
「姫、カグヤ様が地上へ降りた理由は……」
「えっ」
 突然、問われてかぐらは口ごもってしまう。何だかいつの間にかシロの授業みたいになってきたとクロは苦笑いしながら、かぐらを茶化す様に言う。
「お前、伝説の綺麗な部分しか興味無いのな」
「そんな事は……あっ、クリスが言ってたよ。月で犯した罪の為に地上へ送られたって」
 かぐらは月の魔女学校で同じ女王候補の友人が言っていた言葉を思い出した。
「実は、そのカグヤ様の不注意で不完全ながら月の闇を解放してしまったのです。雪魔女達は大いに怒りました。また同時に解放された闇の力を我々に奪われ無い様にと全面戦争を仕掛けてきたのです。カグヤ様はこの責任と罰の為、地上界へ流されました。しかし、これは同時に雪魔女の攻撃から女王であるカグヤ様を守る為でもあったのです」
「それが所謂“竹取物語”に繋がる訳なのね」
 ナスカは納得する。
「はい。皆さんご存知の様に地上でいろいろ経験なされたカグヤ様は月世界に戻ってきます。その頃には月魔女も雪魔女の疲弊しきっていました。戦いの早期決着が望まれていたのですが、双方退く事はありませんでした。そこに飛び込んだカグヤ様は闇を月の大地に封じ込め、雪魔女の戦意を完全に喪失させてしまいました。こうして敗北した雪魔女は月を追われ星の海に散り散りになったと言います」
「深雪ちゃん、故郷が貧しいから魔女界に出稼ぎに来てるって言ってた。それって元をただすと……私達のせいだったんだね」
 かぐらは大粒の涙を零しながら言う。クロはかぐらを気遣いながら言う。
「遠い昔の事だ。でもな、敗者の奴等にしてみれば、今でも月魔女に憎しみを抱いていてもおかしくは無いわな」
「恐らくそうだろう。しかしながら、魔女教習所で出会った深雪殿はそんな事を微塵に感じさせず、本当の友人として姫とお付き合いをしてくれていた……と思っていたのだが」
 と言ったシロの言葉の後、ナスカとクロは俯いて黙り込んでしまう。しばらくしてこの沈黙の意味する所を察したかぐらが怒りをあらわにして叫ぶ。
「みんな、深雪ちゃんが悪いって言うのっ」
「いや……そうじゃ無いのですが……いろいろ調べる内に状況証拠からそう結論付けるしか無い状態に。そこに来て深雪殿の自主退所で……」
 シロはかぐらを刺激しないように慎重に言い訳する。ナスカはさらに詳しく。
「前回の試験中、あなたに対して何らかの妨害工作が行われていた形跡があの森の各所で確認できたわ。それは調べると氷を用いれば説明がつくような状態ばかり。そして今朝方の冷房の暴走も恐らく」
「やめてよっ。何で深雪ちゃんが私にそんな事しないといけないのっ。意味が分からないよ」
 たまらずかぐらは泣き散らしてしまう。クロが見ていられずトドメを口にしてしまう。
「深雪が雪魔女だからだ」
 この言葉が鋭い氷柱の様にかぐらの胸に突き刺さる。かぐらは真っ青な顔をして俯く。そして小さくナスカ達に告げる。
「みんな出て行ってっ……お願いっ、一人にして」
 その言葉に威圧も勢いも無く。ただ悲しみに似た拒絶だけが伝わってきた。ナスカ達はかぐらを心配しつつも病室を後にした。一人になった病室でかぐらは声を殺して泣いた。