おジャ魔女かぐら
第12話「懐かしい魔女」
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「この街、何故か懐かしい、それにあの妖精……どうしてあの魔女見習いと一緒に」
 虹宮の街を箒で飛行しながらナスカは考え事をしていた。その後をデッキブラシのかぐらがついてくる。
「ナっちゃん、急がないと、時間切れにナっちうよ」
 カチンときたナスカは振り返り、かぐらを睨む。
「ナっちゃんは止めて頂けません事! それにどうして私についてくるんですの!」
「いや、参考にしようかなと…ねぇ、ナっちゃん。ナスカちゃんのナだから、ナっちゃん」
 ナスカは再びかぐらを睨みつける。かぐらがいきなりの思いつきで始めたらしい“ナっちゃん”という呼び方が気に入らないのだ。しかし、はしゃいでいるかぐらを見て呆れてしまい、どうでも良くなる。そして話題を変えるように……。
「憧れの人間界はどうですの?」
「うん、今まで本で見てきたのと同じだね。空の青とか木々の緑、風の匂い、全部最高だよ」
 かぐらは体中で体感する人間界に酔っていた。ナスカはポツンと呟く。
「魔女界程の派手さは無いけど、趣と深みのある世界よね、ここは。……って、えっ」
 公園の上空に差し掛かった辺りでナスカは急に寒気を感じた。何が原因かは分からない。
「どうしたの、ナっちゃん」
「何でもありませんわ」
 公園の向こう側に見える交通量の多い道路で何かを見つけたナスカは“パチン”と指を弾いた。その瞬間、世界が鈍い色に変化する。時間を止めたのだ。
「間に合うかしらっ」
 そう呟いてナスカは箒を全速力で操って道路へと急降下して行く。ナスカが止めていられる時間には限りがあるのだ。
 ナスカは半分飛び降りる形で大型トラックの前に降り立つ。そのトラックのバンパーのすぐ先には子猫がいて、巨大で且つ高速で接近してくる物体に対し、怯えきったようにその場で動けないでいたのだ。それはまさに轢かれる寸前。ナスカは優しく猫を抱えて道路から退避する。ガードレールを超えた所で色が戻り、世界は動き出す。トラックは何事も無かったように猛スピードで走り去っていく。
「ナっちゃん?」
 かぐらは突然消えたナスカに首傾げていたが、すぐに真下の道路脇で猫を抱えているナスカを見つけて安心する。
「ん、猫?」
 ナスカはそのまま建物と建物の間の細い路地へ入って行く。
「もう大丈夫ですわ」
“にゃにゃ〜”
 猫は嬉しそうにナスカになついていた。
「ナスカちゃん合格ぅ〜」
 突然、ナスカの頭上に出現した二人の試験官。モタモタが大袈裟に鐘を鳴らしてナスカに告げた。ナスカが“何故”という顔をしていると、モタが猫を撫でながら説明する。
「今、その猫ちゃんがありがとうって〜」
「あなた」
 ナスカは思わず、子猫を抱き締めた。
「それじゃ、私達はこれでぇ〜」
 合格を告げた試験官は早々に煙と共に姿を消した。試験の判定員として他の魔女見習いの監視もしないといけないのか、忙しそうだった。

 空では一人残されたかぐらが慌てて呟く。
「えっ、ナっちゃん合格っ。私も頑張んないとっ」
 と言いながら、困っている人を探して飛んで行くのだった。

 ナスカは子猫を放してやると、帰る所があるのか、何度もナスカを振り返りつつ、子猫は裏路地の奥のほうへ消えて行った。そしてホッと息を付き、帰ろうとした時、後から不意に声をかけられた。
「あなた魔女よね」
 ある意味、死刑宣告だった。やっとの事で魔女の資格を手に入れた直後、その資格を儚く打ち砕く破壊力がその言葉にはあった。今現在、人間界に絶望を覚えた先々代女王によりかけられた魔女ガエルの呪いは全ての魔女を対象に、魔女が人間に正体がばれた時に醜いカエルの姿に変わってしまうという形で発動する。それは魔女としての終りと多くの魔女に恐れられているのだ。ナスカも例外では無い。ナスカは背筋を冷たい汗が流れるのを感じていた。この不幸な現実を認めたくなく、振り返る事さえ出来ずにいた。しかし、しばらくして幾分冷静になれたのか、声の主が女性である事に気付いた。彼女を魔女見習いとして育て魔女にする事で自分に発動した呪いを解除するという逃げ道が残されているのだ。ならば、彼女を魔女の道に引きずり込むしか無いと意を決して振り返る。そこには20代の人間の女性が居た。ナスカの顔を見て微笑んでみせる彼女の次の言葉はナスカをさらに驚かせた。
「安心して、魔女ガエルにはならないわ、私も魔女だもん」
 目の前の女性は何処から見ても人間だった。ナスカは疑いを持つが、実際、言われてから気付いたのだが、ナスカ自身の姿に変化が起こらないのがその証拠だった。
「あなたは一体?」
「それより、あなた、私の事、覚えてないかな」
 女性はそう言って難しそうな顔をする。とりあえず二人は道路を渡った所にある公園のベンチに座った。ナスカは彼女が魔女と知り安心したのか、今度はこの女性から何か懐かしい物を感じていた。気を逸らす様に公園を見渡したナスカは正面のゾウを模した滑り台が目に入った瞬間、さっきの悪寒を感じ、思わず自分の両腕を抱き締める。
「やっぱ、トラウマになっちゃってるのかぁ……」
 それを隣で見ていた女性は軽い口調で言うが、表情は申し訳なさそうだった。ナスカが何故と首を傾げていると女性は続ける。
「あなた、あのゾウが嫌いなのよ」
 自分でも憶えていなかった心の傷を語る女性にナスカは頭に疑問符を浮かべる。そんなナスカを見つめ女性は語り始める。
「あの日は私が当番だった。それでこの公園にやってきたんだけどね。あなたあのゾウさんの滑り台で誤って頭から滑って、下で頭ぶつけて大泣き、それ以来、二度とあれには近づかなくなったよね……ナスカちゃん」
 言われて、ナスカは後頭部に微かな痛みを思い出す。そしてこれ以上は見透かされたくないとプライドが拒絶するように言葉が出た。
「あなたは誰なの?」
「ひどいなぁ、一応ママだったでしょ、忘れたの」
 女性は少しすねて見せた。その仕草でナスカの記憶のパズルがカチリとはまる。
「…ひなたママなの?」
 ひなたと呼ばれた外見20代の女性は嬉しそうに頷いた。
「まぁ、無理も無いわよね、何年も会っていなかったし、あなたの知ってる私は、今のあなたくらいの外見だったんだから」