おジャ魔女りんく〜8番目の魔法!〜
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 夜の街の灯り。それは昔に比べて幾分、柔らかで温かくなったと言われていた。しかしそんな事を言うのも昔を知る古い者だけになりつつあった。そんな街の夜景を見下ろしている男がいた。彼はその灯りに柔らかさを感じていた。それは彼がこの街から見て古き者である証だった。
「この感じ、懐かしさからくるのでしょうか」
 男は不自然に夜空の高い所に浮かぶように滞空していた。背中で束ねた長髪と羽織っている黒いマントが風に靡くのを気にせず、街の明かりを見つめ続ける。その顔はサングラスに長く細い髭の中年の男性だった。手には数センチ程度の透明の筒を持っていた。その筒の中には淡く光る赤い球が薄紫の液体中に浮いていた。
「…この灯りはあなた達、人間には過ぎた光だという事を教えてあげましょう…って、私は別に彼らの様に信者ではありませんでしたね…だからどうでも良い事ですか。私は自分が儲かればそれで良いのだから」
 言いかけた自分に苦笑いをして、手にしていた筒を手放す。落下していく筒を醒めた目で見つめながら、男はフワリと空気の様に消えてしまった。やがて、夜が通り過ぎて行き、新しい一日の始まりが朝日の眩いまでの光と共に始まろうとしていた。

chapter1
仮面の少女

 満天の星空の下、マンションのベランダに設置した望遠鏡で星を見ている蜜柑色の髪の少女がいた。少女は星を見つめると落ち着くらしく、その輝きを見つめながら満足そうに微笑んだ。その直後、少女の頭上を燃える隕石の様な物が通り過ぎて行った。それは近くの小さな山に落下した。呆然と少女はそれを見つめていたが、ハッと我に帰った少女は夜の街を走っていた。
「私の名前は小金井ミカ。星が好きで、夜はいつも星ばっかり眺めていたわ。でも…その日、私は出会ってしまった。落ちてきた星の少女と…」
 落下地点の森は、煙が立ち込めていたいたが、隕石が落下したとは思えない程に静かだった。ミカ自身、アレが見間違いではと不安になるくらいに…。でも、ミカはその煙の奥で不自然に倒れる少女を見つけた。淡く輝く素材の十二単を半袖でミニスカートにアレンジしたような衣服を身にまとい。艶っぽい黒の長いストレートの髪。そして色白の肌。ミカはその姿に見惚れて、しばし立ち尽くしてた。それを警戒しながら見つめる薄っぺらな影。ミカが気配に感じて振り向くと、それはスッと消えていく。ミカは首を傾げながら、少女をおぶって家に帰った。

 黒髪の少女は長い髪を束ねてポニーテールを作りながら嬉しそうに話し始めた。
「私の名前は神楽かぐや。実は月にある魔女の世界のお姫様。伝説で交わした約束…帝様との再会を果たす為に地球に行こうとしたんだけど、途中で迷子になっちゃって、親切な宇宙人さんに助けて貰っちゃいました。でも、その宇宙人さんは地球侵略を企むギウタン星人でした。私が間違って弄っちゃったせいでギウタンの宇宙船は地球に落下して壊れちゃいましたが、彼らは地球に潜伏して、侵略の機会を伺っています。私は地球人の小金井ミカ様に助けられて、さらにミカ様のお家に居候させてもらえる事になりました。このご恩と、伝説の約束を果たす為に、地球はギウタン星人の手になんか渡したりしません。月魔法の力でチョイチョイっと、街を守りますっ!」
 そこにミカが飛び込んでくる。
「かぐやちゃん、大変よ、街で変な言葉が流行しているよ。ウソダドンドコドーン!」
「それは、ギウタンの仕業だっ」
 そう言って、かぐやは箒に跨って飛んで行った。ミカはやれやれと話し始める。
「こうして、私とかぐやのちょっと不思議でドタバタな日々が始まるのデェした…。新番組“月魔女かぐやの大冒険”水曜午後7時スタート。絶対に見るべしっ!」

***

“ピッ”
 番組宣伝をしていた蜜柑色の髪の少女の顔が消えて、電源の切れた液晶モニターには部屋様子の映り込む。そこに食べ終わった一人分の朝食の食器が映っていて、じきに運ばれていく。運ばれた先は小奇麗な洗い場で、金髪のセミロングの髪の少女がテキパキとそれを洗って、食器乾燥機に次々と入れてスイッチをオンにする。
“ガチャ”
 玄関の金属製の扉が開く音がして、続いて男の子の声が飛び込んで来る。
「りんく、行くぞ〜」
「さいと、おはよう。ちょっと待って」
 室内に居た金髪の少女が鞄を背負う片手間に答える。そして、奥の部屋を静かに開けて中で寝ている人物に控えめに声をかける。
「お父さん、朝食はテーブルの上。ちゃんと食べて、遅れないように家をでてね」
 言うだけ言って少女は玄関に飛んで行き靴に足を突っ込んで爪先を床にたたきつける様に履いていく。
「おじさん、また徹夜したの?」
 待っていた少年が尋ねる。少女は頷いて答える。
「〆切り前はいつもこうだよな」
 少年は笑いながら言う、少女もつられて笑みを見せた。少女の名は月宮(つきのみや)りんく、小学六年生。ここで父親と二人暮らしをしている。玄関を出るとそこはマンションの四階。目の前に自分達の暮らしている虹宮(にじのみや)の街のパノラマが広がる。虹宮は兵庫県南部に位置し、西日本の中心である大阪のベットタウン的な都市で、緑との調和を目指した癒しの街として、また今では欠かせなくなったある物の発祥の地として有名だった。
 朝は空気が澄んでいるのか、クッキリと建物の輪郭を浮き出させる。りんくはそれを見て、いつも心の中のスイッチを切り替えるのだった。
「お母さん…行ってきます」
 小さく、その言葉は青く澄み切った初夏の空に投げかけられた。そして背筋をピンと伸ばして歩き出す。待たされていた少年はやれやれという仕草でその後に続いた。
 一階下の三階でりんくは女の人に声をかけられる。
「りんくちゃんおはよう。いってらっしゃい」
「おはようございます」
 りんくは丁寧に挨拶して、階段を下りて行く。それを笑顔で見送った女の人は続いてやってきた少年にも声をかけた。さっきと違う声のトーンで。
「さいと、忘れ物ないかい!」
「あぁ〜母ちゃん、耳タコだよっ」
 少年はそう言って舌を出してその女の人…母親の前を駆け抜けていく。彼はりんくの一つ下の階に暮らしている“龍見さいと”という幼なじみの少年だった。りんくはその親子のやり取りを声だけ聞いて、心のどこかで羨ましさの様な感情が湧き出すのを感じていた。