おジャ魔女りんく〜あれが噂のT様〜
chapter1 真実の意味
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 人間が科学を信じ発展させ、次第に魔法をおとぎ話同然に空想の産物としてしまった世界。でも、魔女や魔法使い等の魔法を操る者達の世界はいつでも人間世界のすぐ側にあった。双方の世界を知る者の中には互いの世界が手を取り合って開ける未来を夢見た者も多い。
 21世紀初頭、この夢を追いかけ、魔女になる為の修行に情熱を燃やした少女達がいた。少女達は修行の末にそれぞれの未来を選び、それぞれの立場で夢の実現に向かい努力をしていた。

そして…時は流れ…。

 彼女達の孫の世代。人間の世界と魔法の世界の隔たりはなおも深い溝の様に存在していた。でも、いろんな努力の甲斐があってか、魔法は形を変え人間の世界に少しずつ浸透しつつあった。しかし、多くの人間はそれに気付いてはいない。
 これはそんな世界で、あの頃と同じ様に魔女を目指す少女達の物語。

chapter1
真実の意味

 どこまでも続くと錯覚してしまいそうな暗く長い回廊。そんな先の見えない道を一人の少女が走っていた。ペース配分など構う事無く叩きつけるように響く足音は少女の焦りそのもので、反響する自分の足音と背後から聞こえてくる複数の足音が混ざった耳障りなノイズが少女の焦りにフィードバックし、それを余計に増大させていた。
「この裏切り者がっ」
「魔女の手先め」
 少女の背後から投げつけられるのは激しい言葉の暴力。それは追う側の彼らにとってある種の怯えを隠す為の強がりのようでもあったが、それを推測する程の余裕を、今の少女は持っていなかった。少女は黒系の色で統一されたとんがり帽子、ワンピース、水晶玉の付いたグローブ、そしてつま先が尖がっている靴という格好だった。それは魔女見習い服という魔女になる為の修行中に着る衣装で、さながら“ちっちゃな魔女”というイメージがピッタリだった。そんな闇に溶け入る黒装束が金色のセミロングの髪に赤い瞳という少女の外見的特徴を一層際立たせていた。
「ど…どう…して…」
 少女は息を切らしながらそう漏らし、チラチラと振り返る。そこには大勢の白装束に身を包んだ大人の姿が追いかけてきている。手にはごうごうと炎をあげる松明が眩しいくらいに存在感を主張していた。
 少女は何故こんな事になったのか、それ以前にどうして自分がここにいるのかさえ理解できずにただ逃げていた。捕まれば大昔の魔女狩りの如く、自分は殺されてしまうのではという恐怖が少女の足を動かしていた。
 しかし、長時間に渡る緊張と疲労からか、不意に少女は足を絡ませて転倒してしまう。動けなくなった事で、より加速して感じる自分の鼓動と激しい呼吸。思考がしばらくフリーズしてしまった後、気がついて立ち上がろうとすると、すでに白装束に囲まれ、その松明の灯かりと熱に晒される自分に絶望を感じる事しか出来なかった。
「手間かけさせてくれる」
 白装束の男の声に少女はビクリとし、手足をひっこめた亀の様にうずくまる。グローブについた水晶玉に青ざめた自分の顔を見た少女はハッとする。何かに気がついた少女は徐に立ち上がり、両手を胸の前でグルグルと、まるで糸巻きの歌のような動作で回し始める。これは魔女見習いである彼女が魔法を発動させる時に必要なアクションなのだ。
“魔法で、この場を”
 まさにわらをも掴む気持ちで魔法にかけたのだが、水晶玉は何の反応も起さない。いつもなら、回転に応じて淡い輝きを発し、呪文と共に虹を描いて魔法が発動するはずだった。
「どうしてなのっ」
 最後の手段にすがるように少女は腕を回し続けるが水晶玉が輝き出す事は無かった。
「無駄な事を。この周辺一帯にはMJ粒子が撒かれているんだよ」
 白装束の男が勝ち誇ったように罵る。ここでは魔法は無効化されると言っているみたいだ。それを悟った瞬間、少女は崩れるようにへたり込んでしまう。希望を無くし全てを諦めかけた時…。
「りんくちゃん、諦めちゃ駄目っ」
 声がした。久方ぶりに自分の名前を呼ばれた気がした。それは自分と同年代の少女で、控えめながら必死に何かを伝えようとする声だった。気がつくと、手を強く握られ、引っぱられるように走っていた。さっきの状況をどうやって抜け出したのか、そこだけ記憶が抜け落ちたように、どうやっても思い出せないのだが、走っている事は確かだった。そしてさっきの白装束はまた後ろを追いかけてくる。
 やっと現れた唯一の味方と思える少女は緑色の髪を左右に束ねたポニーテール、所謂ツインテールが特徴的だった。
「あなたは…いったい」
 尋ねると緑色のツインテールを揺らしながら少女は振り返り答える。
「私は……」

***

「……はっ」
 こっくりと揺れた頭に、りんくは不意に目が醒めた。かなり汗をかいていて、壮絶な夢を見ていた事を嫌でも認識させる。
「ゆ…夢だったの?」
 あまりにもリアルだったので、信じられずに言ってしまう。そしてあの緑色の髪の少女を思い出す。
「…あの子」
「むにゃむにゃ」
 隣の席に座っていた青い髪の少女の寝言が聞こえる。そこで始めてここが列車の座席である事を思い出す。青い髪の少女はべったりとりんくの腕にしがみ付いて幸せそうな寝息を立てていた。そんな寝顔が安堵感をもたらしてくれたようで、りんくは表情を柔らかくした。
 りんくは高速で走り去っていく車窓の景色に目をやる。さっきの夢が何か暗示に思えて仕方なく気になる気持ちを紛らわすように…。

 彼女の名前は月宮(つきのみや)りんく。今は東京から大阪へ向う超高速鉄道ハイチューブエクスプレスの中だった。