おジャ魔女りんく〜あれが噂のT様〜
chapter4 虚構の世界
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 世界に魔法の存在が示され、人間達は自分達以外の世界がすぐ側に存在していた事を知ってから約一ヶ月。当初は穏やかに両者は探りを入れるように交流し、お互いを尊重しあう良好な展開が続いていたが、虹宮の魔法堂の放火事件を境に、この関係は坂道を転がり落ちる様に悪化して行くのだった。
 魔法堂放火犯の自供で明らかになったのは“魔法に対する恐怖”だった。人間から見ると魔法を操る者は、万能(実際は違うが)な魔法の力と長寿という人間がどうやっても太刀打ちできない分かりやすい“強み”を持っていた。それは最初は一部の人間だけが感じている事だったが、この事件をきっかけに劣等感として急速に広がりを見せた。
 少し語弊はあるかもしれないが、人間は知恵を駆使した結果、現在この世界の中心で栄えていると言える存在になった。しかし、人間より優位にある魔法を操る者は、いずれ、その地位を脅かしに来るのではと言う恐怖が何処かに存在しているのだ。乱暴な言い方をすると、いつ暴走するかわからない拳銃を持った人がすぐ隣にいるという感じなのだ。
 一方、魔法界の側も、あくまで一部の者であるが魔法を持たない人間を格下として蔑む者もいた。この様な風潮が両者の関係をよりいっそう悪化させていた。
 そして世界はある種の作り出された世界であるかのように冷たい物に変貌していた。

chapter4
虚構の世界

 まだまだ残暑の厳しい青空をりんくは箒で何かを探すように旋廻していた。魔女見習い服のつばの広いとんがり帽子の影になり表情は覗えないが、かなり焦っている雰囲気だった。
「早く見つけなきゃ」
 と呟いて駅の方へ急降下していく。箒を降りて駅の周辺をひと回りしてみる。そこを行き来している人は、りんくの姿に気を留める様子も無く、あえて関わらないようにしているみたいだ。りんくは多少の気まずさを引きずりながら駅の裏を覗いている。
「…?」
 声がした。赤ちゃんの泣き声だ。りんくはその出所を探した。駅裏の自販機の陰に赤ちゃんを抱いた若い母親が困り果てていた。母親が抱いている赤ちゃんは体全体に金色の淡い輝きを発していた。
「アンナマリー教会の者です。連絡を頂いた方ですね」
 りんくはそう言って母親に駆け寄る。
「あ…あなたが…。私、もう、どうして良いのかわからなくて…」
 母親はりんくの姿に困惑しつつ、我が子の突然の変貌に狼狽していた。りんくは母親を落ち着かせるように告げる。
「大丈夫ですよ。教会に仲間達がいますから。まずはその子を何とかしないとですね」
 言いながらりんくは両手のアーチポロンをくるくる回し始める。
「ピースクゥエル プリファティータント この子のEXPを封じて!」
 りんくの両手から虹の粒子が弾けて赤ちゃんに降り注ぐと、赤ちゃんが発していた金色の光が消えた。それに母親は安心したように頭をさげる。
「ありがとうございます」
「これは応急措置でしかありません。とにかくアンナマリー教会へ避難してください。ここに居ては何が起こるか。場所はわかりますか?」
 りんくに言われて母親は頷いて歩き出す。りんくはそれを見守りつつ、携帯電話を取り出して履歴からアンナマリー教会を呼び出す。
「ターゲットを確保しました。次のターゲットは?」
『今の所、連絡は入ってない。一度、こちらへ戻ってください』
 受話器から教会の神父の声が返ってきた。
「了解です」
 りんくはそう言って電話を切った。
 今、虹宮にはメガミスキン粒子と呼ばれるメガミリキッドを微小な粒子状にしたものがばら撒かれていた。これに潜在EXPがある一定以上の者が触れると、魔法反応を起こして体が金色に輝いてしまうのだ。りんく達魔女見習いも魔女修行段階に応じて自分のEXP値を高めているので、この粒子中では金色になってしまう。ただ、魔女見習い服を着ていれば、この粒子を跳ね返してしまうので光る事は無かった。しかし、この粒子がばら撒かれた意図を考えると、同じ事なのだが…。
 つまり、これが意図するのは、世の中を現段階で魔法を使える可能性のある者と無い者に分けてしまおうというのである。従って魔女見習い服を着て金色を避けていても、それは魔法が使える事を主張しているのと同じ事なのだ。そして不意に金色に輝いてしまった人間を白い特殊部隊が極秘裏に拉致し、何処かに軟禁しているらしい。
「どうして、こんな事に」
 りんくはそう呟いて悔しそうに唇を噛み締める。りんくの父親のふうが、そしてさいととその家族は真っ先に金色になり、現在は行方不明となっていた。恐らく、何処かで軟禁されているのだろう。りんく達は近所のアンナマリー教会の神父さんの協力で、金色になってしまった人間をそこで匿っていた。そうしている内に、金色、即ちEXP発動者達の組織が出来始めていた。
 前述の白い部隊はその行動から、恐らく魔法界との交流に反対している者達の組織と認識されていた。それに反する様に魔法界との交流を目指す集団も出現していた。めいるは今、その交流派の組織に接触しに行っていた。自分達の確保したEXP発動者のグループに協力してもらう為だった。また、キラリは魔女界に戻り、向こう側の世界で人間界との交流を望むグループに接触しに行っていた。両世界の交流派グループを結ぶ為だった。

***

 市役所の最上階の市長室。そこにスーツ姿の60前の男が入ってくる。彼が現虹宮市長の藤崎雅志。ちょうど、議会を終えて帰ってきたところだった。市長室では来客用にソファに老婆が座っていた。その佇まいは部屋に溶け込む様に自然だった。まるで、そこにいるのが当たり前のように。老婆は鋭い口調で藤崎市長に問う。
「雅志、どうだった?」
「やっと可決したよ。これで動けますよ、母さん」
 と答える市長。そう老婆は市長の母親だった。名を雅美(まさみ)と言う。市長は窓際まで行き独り言のように言う。
「中央…政府はこの期に及んで何の動きも見せない。地方の動きを見ているんですよ。どこかが先走って動いて、その結果を参考に全体の方針を決めようとしているとしか思えない」
「ならば、わし等がその先陣を切ってやれば良い。お前の父親はそうやってメガミを普及させた」
 雅美は当然の様に言う。市長は言い難そうに尋ねる。
「私は父とは逆の事をしようとしているのですよ」