ダブルウィッチ☆プリキュア
第1話「疾風の翼キュアウイングはばたく!」
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 風に揺れる草原。その緑は何処までも続いていた。桂木わかばはそんな草原を何かを探して走っていた。彼女のチャームポイントである緑髪のツインテールのお下げは風に流される草原の中で踊り続けている。どれほど走りまわったか、疲れで足が重くなっていたわかばだったが、緑の中のポツンと佇む黒い点を見つけた時、その疲れを忘れさらに早く駆け出していた。広大な草原で黒点に見えたのは黒髪の少女だった。少女は背中を見せたままで、わかばの方を振り返ろうとはしない。
「あずさちゃんっ」
 わかばは少女の名を呼びながら、その肩に手を伸ばす。わかばの手が少女の肩に触れようとした瞬間、少女と草原が一瞬にして灰になり、消え去り、荒野だけが広がる。さらに地震と共に足元の荒地が膨れ上がり、巨大な獣が雄叫びと共に姿をあらわにする。
「そ……そんな」
 わかばは涙目で巨大な獣を見上げる。それは頭部に二本の角を持ち、体表にも無数の刺がある硬い皮膚をまとった恐竜のような怪獣だった。最も特徴的なのは両手がムチのような形状をしていて、それを使い、邪魔な瓦礫をたたき壊しながら、わかばに近づいてくる。その目にははっきりとわかばが映っているみたいだ。わかばは親友を失った絶望と目の前の怪獣に対する恐怖からか、動く事が出来ずに立ち尽くす。
「………助けて」
 小さく震える声でわかばは信号を発する。獲物を見据えた怪獣の腕のムチが物凄い勢いでわかばに迫っている。わかばは目をギュッと瞑る。
“カッ……バチバチバチッ”
 目を瞑っていてもわかるくらいの眩い光、そして空気が弾けるようで、けたたまましい音、さらに何かが焼け焦げる様な臭い。自分の身に降りかかるであろう危険がいっこうに訪れない事に不安と安堵を抱えながら、わかばがゆっくりと目を開けると…。

 未だに雷の直撃を受け続け、光り輝きながら全身を焦がし、小刻みに痙攣を起こした怪獣。そして怪獣の輝きの逆光の中、わかばの目の前に立つ戦士の背中。黒に金色の粧飾のついた衣装を身にまとう少女だった。激しく揺れ動く、黒光りするポニーテールがわかばにとって印象的だった。わかばはその後ろ姿に小さく呟く。
「キュアライトニング」

***

 ガバッと布団を跳ね除け、わかばは上半身を起こした。ムチ腕の怪獣も黒い戦士も夢の出来事だったみたいだ。朝の訪れを教えるかのような小鳥の唄を窓越しに聞きながら、わかばはそれを理解した。
「……また、同じ夢」
 わかばは俯き加減に呟く。ベット横の本棚には占いに関する本が沢山ならんでいる。そう、わかばはちょっと占いには自信のある中学二年生なのだ。夢占いも少しかじっていたわかばは思う。最近の不安な事、懸案事項が夢として出てきているのだと。今現在、わかばが抱える懸案事項は主に二つあった。
 大きめのパジャマ姿のわかばは枕元の携帯電話を手にし、上面いっぱいの液晶画面に触れる。タッチパネルの画面が点灯し、そこにはお知らせメッセージウインドウが開いていて「未読メール3件」と書かれていた。寝ている間に届いたメールだ。わかばは慌てて、その「未読メール3件」という表示をタッチする。起動したメールボックスの上位三つ部分の未読アイコンのメールの差出人を確認したわかばは、しばし指の動きを止めて……ため息と一緒に俯いてしまう。来ていたメールは割引クーポンの為に購読しているファミレスのメールマガジンとフィルタ設定をくぐり抜けて来た迷惑メール、そして……わかばの指はその三通目のメールに触れる。
“わかば、おはよ。今日から新学期だろ。寝坊せずに学校行けよ”
 大学生で一人暮らしをしている兄からのメールだった。
「自分こそ……」
 わかばは兄からのメールの受信時間を見つめながら呟く。その時間が午前3時と表示されていて、兄の方の寝坊を心配してしまったからだ。結局、わかばが待ち望んでいたメールは来ていなくて、もう一度ため息が口から漏れ落ちる。
「……もう一週間」

 紺のジャンパースカートの制服に着替えたわかばはペタペタと階段を降りて一階のキッチンに入る。テーブルでは寝間着姿の父が新聞を読んでいる。立てた新聞で顔を伺うことは出来ない。奥の炊事場からは何かを焼いているフライパンの音と母の姿。ここ桂木家の朝の風景だった。
「お父さん、お母さん、おはよ」
 わかばは挨拶してテーブルにつく。父の貴之は小さな声で「おはよう」と返すだけで新聞から目を離さない。
「おはよう。わかば」
 と言いながら、炊事場から出てきた母の若菜が作りたてのハムエッグとトーストを運んでくる。若菜はわかばの横顔を見つめ尋ねる。
「何か心配事?」
 春休み明けの最初の登校日。内気で大人しい性分で過去に虐められて不登校の経験もある自分を気遣っての言葉だと感じたわかばは慌てて「ううん…」と否定しつつ曖昧な返事を返す。若菜は貴之の隣、わかばの正面に座り、わかばを優しく見つめつつ、次の言葉を待っている。わかばはトーストを一口食べてから、ポツリと呟く。
「返事が来ないんだ……メールの……あずさちゃんから」
 それはわかばの抱える懸案事項の一つだった。
「ケンカでもしたの?」
 若菜は意外そうに尋ねる。わかばは思い当たる節がなく、伏せ目がちに首を振りながら呟く。
「私、知らない内に何か…」
「そんな薄っぺらな友情じゃないでしょ、あなた達」
 弱気なわかばの言葉に被せるように若菜が告げる。わかばは安心した感じに少しだけ笑みを見せた。
 今、わかばを悩ませている彼女の親友“日浦あずさ”は、内気で周りに流されるだけだったわかばが、何かを感じ、初めて自分から強く友達になりたいと求めた相手だった。一方、あずさは当時、何でもこなせる上、大人びた風貌と自分しか信じられない性格からか、極端に他人を遠ざけていた。ゆえにわかばも最初は無視され続けるのだが、やがてわかばの一生懸命さに、あずさはわかばの中に自分と同じ淋しさ、そして変わりたい自分という共通項を見出だした。この時から二人は親友となり、今に至るはずなのだが…。
 わかばはあずさに思いを馳せつつ、またため息をついてしまう。
「あずさちゃんの性格からして、チャラチャラとメール返信してくるような子じゃないでしょ、早く食べちゃいなさい」
 若菜はそう言い、わかばを急かす。でも、何の反応も無いのは…と、わかばは悲しそうにハムエッグの黄身をいじりだす。新聞の向こう側の貴之の口がポツリと言葉を落とす。
「日浦……か」