ダブルウィッチ☆プリキュア
第1話「疾風の翼キュアウイングはばたく!」
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 若菜は隣から夫の顔を伺う。いつもの無表情な顔なのだが、若菜には話すべきか迷っているような僅かな思案を感じる事ができた。貴之は新聞をテーブルに置き、紅茶の入ったカップに手を伸ばしながら、思い悩んでいるわかばの表情を確認する。それが貴之に答えを導き出させた。
「今月からうちの研究所、日浦安曇(あずみ)氏に来てもらってるんだよ」
 唐突な貴之の言葉にわかばと若菜は目を丸くしている。
「日浦安曇さん…って、あずさちゃんのお母さん?」
 わかばは首を傾げながら聞き返す。貴之は頷いて。
「彼女の電気物性に関する知識がどうしても必要でね。口説き落として、一緒に研究する事になったんだ」
 貴之は大手企業の研究セクションに勤める主任研究員。この4月から、ここ虹宮に開設された研究所の所長となっていた。あずさはわかばの住む虹宮から電車で1時間かかるくらい離れた京都に母と母の再婚相手と一緒に住んでいたはずだが…。
「引っ越して今月から、虹宮に住んでるはず…」
「私、聞いてないっ」
 貴之の言葉にわかばは思わず立ち上がって、彼女にしては珍しく大声を上げてしまう。
「サプライズって事で隠して……って、あずさちゃんはそんな子じゃないよねぇ」
 若菜は言いながら、自分で否定する。
「まぁ、会って確かめるといい。今日からわかばと同じ中学に通う筈だから」
 言って、新聞に視線を戻す貴之。わかばは立ち尽くしていた。その表情は嬉しいのに、素直に喜べない複雑なものだった。

***

 わかばは学校へ向かって走っていた。時間には余裕があり、走る必要はなく、また早く登校したところで何かが解決する訳では無かったが、じっとしていられなかった。
 携帯電話は便利な個人ツールとして発達し、依存症と呼ばれるほどに、それに頼ってしまう現象を引き起こす程だった。わかばとあずさの様に住んでる街が離れた友人であっても、直通である電話やメールなどで、いつでも、どこでも言葉を交わすことが出来、重宝していた。わかばの母、若菜の言うとおり、あずさは頻繁にメールしてくるような子では無かった。それでも、送ったメールには律儀に簡潔な返事を送ってくれていた。一週間前までは。この4月に入ってから、わかばが何度メールを送っても、返事は戻ってこなかった。電話してみても、回線が継ることは無かったのだ。
「ホントに私を驚かそうとしてるのかな」
 もしそうであれば、気が楽になれるのだが、あずさを理解しているつもりのわかばは、それだけは絶対無いと思えた。
「早いね。部活?」
 不意に声がかけられた。それは男性の声。振り返ると、スーツ姿で、スポーツバックを下げた見た目20代の男が話しかけてきていた。
「あの……」
 人見知りするわかばは、小さく口ごもっていると、男はわかばが手にしている携帯電話を見て慌てる。
「いいっ、110番とか、防犯ブザーとか勘弁ね。不審者じゃ無いから」
 そう言われれば、余計にわかばは相手を警戒してしまう。それを見た男は困り果てた顔をしつつ言う。
「君、大虹中の生徒でしょ」
 それはわかばの通っている中学校の名称だった。わかばの家から、一度、駅の方へ下り、その線路横を歩いて行く。ちょうど、次の駅との中間辺りの線路沿いにある中学校だ。今はその線路沿いの道にいる。
「俺は4月から大虹中で理科を教える事になった望月って言うんだ。いやぁ、先生になったばっかりでね。赴任校の制服が見えたんで、嬉しくてつい声かけちゃったんだよ」
 望月は自ら新人教師と名乗る。わかばは困ったように首を傾げる。
「え、信じられない……よし、職員証あるよ………あれ」
 と言って、財布を取り出した望月は、その中を見て、汗をかきまくる。あると思っていた職員証が無いみたいだ。
「えっと、忘れてきたみたいだ。でも、教育に対する熱意は伝えられるよっ」
 と、望月はわかばの歩幅に合わせて歩きながら、熱く語り始めた。
「教育ってさ、決して一方通行じゃ無いんだ。生徒は教師から学び、教師も生徒からいろんな事を教わる。そして、教師は次の生徒に前の生徒から教わったことを上乗せして伝えるんだ。そう考えると、教師って、成長していく伝道師みたいだろ」 「それじゃ、最初の生徒は損なの?」
 わかばは素朴に呟く。
「いや、そうじゃ無い。たぶん、お互いに一番影響を与え合える存在。一番、ディープに付き合える。いうなれば同士と呼べるんじゃないかってウキウキしてるんだ」
 望月は本当にうれしそうに語る。
「先生っぽく無いけど、先生の最初の生徒になれたら、楽しそう」
 わかばはポツリと言うと、望月はウルウルと瞳を潤わせ、中腰になってわかばと同じ目線になって、手を握る。
「君はもう、俺の生徒だよ………ありゃ」
 望月は何か思い出したみたいに立ち上がる。
「職員証無いと、出勤にならないやん、始末書いるし。きっと、駅の売店でいちごオレ買った時に落としたんだ。ちょっと見てくるよ」
 一通り説明した後、望月は慌てて駅の方へ戻っていく。わかばは唖然と立ち尽くす。でも、落ち込んでいた表情はちょっと笑顔になっていた。

***

 その日は朝一にまず在校生の始業式が行われ、その後、ホームルーム、大掃除と続いて、部活のない生徒は下校となる。午後から新入生の入学式が行われるという予定だった。
 わかばは始業式を終えて新しい2年生の教室に戻ってきた所だ。クラス替えで、半数以上の生徒が前のクラスと生徒と変わっていたので、人見知りなわかばは緊張した面持ちだった。しかし、今朝、出会った望月という教師の事を思い出すと、わかばは思わず吹き出してしまう。
「あの先生…どうしたんだろう」
 望月は確かに、ここ大虹中に赴任してきた教員だった。始業式で在校生にそう紹介されるも本人は式に姿を見せなかった。わかばは職員証を探しに行った彼の後ろ姿を思い出す。間に合わなかったんだと思いながら、わかばは自分の席についた。
 しばらくすると、わかばのクラスの担任の北崎という小柄の女性教師が黒髪の少女を連れて入ってきた。それを見た瞬間、わかばの胸はドキリと跳ね上がった。ずっと会いたかった少女が今、同じ教室に、黒板の前に立っている。
 北崎は黒板に“日浦あずさ”と白いチョークで書く。国語担当の北崎の読みやすい綺麗な文字だった。
「転校生の日浦よ。さぁ、挨拶して」