おジャ魔女かぐら
第1話「私、魔女志願です」
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 無限に広がる漆黒の宇宙空間を高速で移動する物体があった。それは直径数センチ、長さが10メートルくらいの緑色の円柱だった。それがまっすぐ一直線に緑の星に向って飛んでいた。やがてそれは緑の星の引力に引かれ大気圏に突入。表面が大気との摩擦で高温に晒され赤く発光するが、そのまま原型を留め一気に地上へ降りていく。地上付近で円柱の前の方が展開し、バーニアが出現、逆噴射で落下速度を調節する。そして十分に速度が落ちたあたりで、竹やぶの中に落ちる。竹やぶの中ではちょうど地面に垂直に円柱が突き刺さった状態になり、地面から1メートルちょっとの部分が淡く光り始める。まるで、誰かを待つかのように…。

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 月に兎がいるなんて、最近は言わなくなりましたね。科学の進歩はそれまで見えなかった物を見せてくれる反面、夢の様な物を見えなくしてしまうのかもしれません。科学の進歩自体、夢の結晶とも思えるのですが…ちょっと複雑ですね。
 でもいるんです、正確には兎に似た生物が。地上に住んでいる私達にはわからないですが、彼らは月の結界で守られた不思議な世界の中で暮らしています。そこを彼らは月光界と呼んでいます。この物語はそこから始まります。

 淡く白い光を放つ荒れた大地。月はほぼ全域にこの様な地形が広がっている。月面にはいくつものクレーターが存在し、その中でもひと際大きなクレーターから眩いばかりの光が漏れ出しているのが確認できる。そこが月の民達が暮らしている都市ルナトピア、月光界唯一の居住地だった。街は白を基調した建物が並んでいて、その中央に大きな塔のような城が街を見守る形で建っていた。城の最上部からは淡く輝くバリアの様な結界がクレーターとその周辺を覆っている。生物が生きて行く上で必要な物、それがほとんど存在しない月面で、この結界に包まれた範囲内は、魔法の恩恵で最低限のそれが備わっていた。つまり結界内が彼らの生活圏という事になる。

 都市の中央付近、いわゆる城下町に月の魔女達が通う学校があった。規模の小さな世界なので、一学年二クラスあるかないかという規模だった。その初等部高学年の教室では歴史の授業が行われていた。教壇には髭をたくわえた年老いた兎のような生き物が立ち、月世界の歴史について教鞭をふるっていた。その授業を受けているのは、人間の感覚で10才から12才くらいに見える少女達だった。
 月の魔女界と呼ばれる月光界は月の魔力を自在に操れる特殊な月魔女の一族と饅頭にウサミミと長い足、そして尻尾がついたような姿をした男性思考の月妖精とで構成されていた。つまり、この教室にいるのは若き月魔女達と言う事になる。そして教壇の老月妖精はジィと言い、現在の月光界の女王に仕えている妖精だった。なぜ女王付きの彼がここで教鞭をふるうかというと、それはこのクラスに次の女王になれる資格を持つ者がいるが故の特別カリキュラムだった。
「これが当時使われていた小型宇宙船の模型でございます。約十分の一のスケールで再現されておりますのじゃ」
 ジィは長い両耳を手の様に上手く使って、模型を生徒達に見せる。それは緑色の円柱の形をしている。生徒達はすぐに首を傾げ始める。何か引っかかるのだ。中の一人が手を上げて質問する。
「その模型の10倍のサイズ、つまり原寸では、妖精ならともかく、魔女は乗れないのでは…」
 指摘したのは橙色のショートヘアのパルナ・メィリィという少女だった。
「ええっ、そんなぁ」
 彼女の隣の席で目をキラキラさせてジィの話を聞いていた青い髪を二つに束ねた尻尾の様な髪型が特徴のカグラ・エイプリィという少女は、魔女が乗れないと聞いて、泣きそうな顔で、驚いてしまう。
「第七候補姫、良い質問ですじゃ。そして第一候補姫、心配めさるな」
 ジィはそれぞれの反応に嬉しそうに言う。月の王位継承システムは13人の女王候補を立てて、その中から一人が選ばれる。従って、このクラスには13人の女王候補がいる事になるが、実際は一人行方不明の為に12人となる。そして彼女らは能力の高い順にランクが付けられていた。つまりパルナは七番目、カグラにいたっては第一候補で一番次の女王に近い位置にいる月魔女となる。しかし、それは他の女王候補から敵視されるポジションでもあった。
「いちいち、こんな事で騒いで、自分の無知をさらけ出さないで欲しいですわ!」
 教室の後ろからトゲのある言葉が飛んでくる。紅のセミロングに冷たい印象の瞳はカグラを刺すように見つめている。彼女は第二候補のアルテ・ジュラィだった。
「では、第二候補姫に説明していただこうかの」
 ジィはアルテに言う。するとアルテは立ち上がり、教室の一番前の席に座っている朱色の髪の少女を指差して言う。
「ミィズ、説明してあげなさい」
 言われて、当然の様にミィズ・ジュンリィという第六候補の姫が立ち上がる。
「特殊な呪術により、体を胎児までさかのぼらせる。その状態でポットに入れられる」
 ミィズの完璧な答えにジィは頷いている。ミィズはアルテの子分的存在だった。順位が低く、女王になる事を諦め、その可能性の大きいアルテに与する事で将来女王の側で甘い汁を吸おうという考えだった。他にも、第八候補サティ・フェブリィ、第九候補ハルフ・マーチィ、第十一候補フリル・セプティ、第十二候補ネオル・セプティの4人も同じ様にアルテを取り巻いていた。彼女ら5人はいつしか“アルテミス5”を名乗るようになり、アルテが女王になる為に活動をしていた。主な活動内容は、第一候補のカグラを蹴落とす事、そして第三候補、第四候補等のライバルとなりえる者への牽制や、自分達の派閥への勧誘だった。
「その呪術で胎児化した後、元の姿に戻るのに約三ヶ月かかりますのじゃ。当時、月では我ら光の一族と、闇の一族とで戦争状態に陥っていた。闇は次期女王であるカグヤ様の命を奪う事で光の未来を奪い戦争の早期終結を図ってきた。我らはそれを阻止する為にカグヤ様をこの小型宇宙船で地上界に逃がしたのじゃ…」
 ジィは感慨深く見て来たように話す。実際には見ていないと思うのだが…。そしてこれが地上界、即ち地球の人間界に伝わる竹取物語の月側のエピソードだった。カグラは通販で人間界の関連書籍を集める程の竹取物語が好きだった。そして、地上に降りたカグヤ姫に憧れ、いつか自分も…と思うようになっていた。だから、今日の授業に対する集中力は他の授業の比では無いようだ。