おジャ魔女かぐら
第2話「魔女見習いとして」
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 魔女の世界の空は虹色をごちゃ混ぜにしたマーブル状。そんな空を不自然な曇り雲がフワフワ浮いていた。浮いていると言うより飛んでいる感じ、しかも今にも墜落しそうな危なっかしい飛び方で。曇り雲の高度は次第に下がっていき、ついには、砂煙を上げて地表に墜ちてしまう。墜落後も雲はその形状を保っていた。そしてその雲の中には雪の様に白い肌の少女が倒れていた。少女はうわ言の様に…。
「あ…暑い」
 と呟いてガクリと気を失ってしまった。その手には魔女見習い教習所のパンフレットがアクセス方法の地図を示したページを開いた状態で握られていた。
■挿絵[120×120(5KB)][240×240(15KB)]

***

 月にある魔女の世界、月光界を飛び出してきた女王候補の一人である少女、名前を月影かぐら。彼女はお馴染みにの試験官コンビ、モタとモタモタに案内されて、魔女見習い教習所へとやってきた。そこは円形の…真上から見るとドーナツの様な建物で、かぐらは感慨深そうにそれを見つめて思わず声を上げる。
「うわぁ〜」
 ここが、しばらくの間…かぐらが黒魔女の資格を得るまでの住まいとなるのだ。黒魔女と言うのは月の魔女を白魔女と称した時の魔女界に住んでいる普通の魔女の事を指す呼び方だった。両者の最大の違いは魔法の使い方にある。黒魔女は基本的に魔女の証と呼ばれる水晶玉を使用する事で魔法を発動させる。言い換えると水晶玉無しでは魔法は使えない。一方、白魔女はほとんどの場合、魔力の源と呼ばれる月に暮らしている為、魔力は常に月から供給される。従って体質的に水晶玉を使用せずとも魔法を使う事が出来る。但し月がある場合に限られる。つまり月から出た場合は、月が無い昼間や、月の光の届かない地域では魔法を一切使用する事が出来ないのだ。元々、月の大地は貧しい不毛の地。白魔女はその生活の大半を魔法の助けにより行ってきたという弱さがあった。だから月の無い場所は白魔女にとって最も不自由で危険な場所と言えた。かぐらは、今となっては白魔女の中でも変わり者とされ、全てを棄てて、その場所…半日しか月の光を浴びる事の出来ない人間界へ行く事を決意したのだった。そして昼間魔法が使えないという最大の不安要素を解決する為に黒魔女の資格、即ち水晶玉を手に入れる為にここ…魔女見習い教習所に来ていた。
 門をくぐって建物の玄関で、かぐらはモタモタにいろいろと渡された。モタはここに来る前にかぐらが書いた書類を手に奥の部屋へと入っていく。
「修行のしおりと〜、テキストと〜、スケジュール表〜、それからぁ〜魔女見習いタップよぉ〜」
 モタモタはゆっくりとかぐらに次々とアイテムを渡していく。その後、2階に上がりかぐらが寝泊りする部屋に案内された。
「それじゃ、後で担当の教官が〜来るとぉ思うから、魔女見習い服に〜着替えてまっていてね〜」
 モタモタはそう言って帰って行ってしまった。かぐらの特徴的な二つの大きな髪止めが輝いて、それぞれから白と黒の兎型の妖精が出てきた。
「姫、これからが大変ですぞ」
 白い方が厳しい口調で言う。彼はかぐらのパートナー妖精のシロ。かぐらは気にした様子も無くスケジュール表を開いてみた。そして驚く。
「何っ…これ」
 黒い方の妖精、同じくかぐらのパートナー妖精であるクロが唖然として言う。
「お前、当分、遊んでる暇ないわな」
 スケジュール表には、朝と夜は魔法理論の講義、お昼は魔法実技訓練という具合に、予定がびっしり書き込まれていた。元々、師匠魔女の下で平均して約一年という時間をかけてやっと手に入れることができる魔女の証をたった一ヶ月で手に入れようと言うのだ、これぐらいの無理は当然だろう。かぐらはそれを納得しつつ、気合を込めて言う。
「これも早く人間界に行くためだよ、ガンバロっと」
 かぐらは次に魔女見習いタップと呼ばれる円形のアイテムを手にする。魔女見習いに必要なアイテムが全て内蔵されているアイテムだ。モタモタに着替えておくようにと言われたのを思い出してかぐらはニコリと微笑む。実は人間界に憧れていたかぐらはタップにも憧れていたのだ。使い方は通販で買い漁った本で知っていた。迷わずかぐらはタップに並んだ色とりどりのボタンの中の真ん中の音符マークの付いた大きなボタンを押した。すると、静かだった部屋が突然、陽気なメロディに包まれる。同時に白銀の輝く魔女見習い服がタップから勢い良く飛び出してかぐらの頭上に浮遊している。
「おおっ」
 思わず、かぐらは感嘆の声を漏らし、それを掴み、被るように着る。さっきまでかぐらが着ていた月光界の魔女学校の制服である白いワンピースは魔女見習い服を着た瞬間に消える。そして手足に同じく白銀の輝きの手袋とブーツが出現、最後に頭上に現れた帽子を被って…。
「プリティ・ウィッチー・かぐ…」
 決めポーズと決め台詞。これが今の魔女見習いの流行である事をかぐらはきちんと知っていた。やっとそれが出来ると意気込んでいたが、なにぶん、動きにくくポーズがとれない。どうやら魔女見習い服が後ろ前に着てしまっているみたいだ。本来胸に付くべきタップが背中についている。お着替え失敗で、魔女見習い服はボンっと軽く煙を吹いて消えてしまう。かぐらは元着ていたワンピース姿に戻ってしまう。
「…ありゃ」

 その後、時間切れだったり、途中で転んだり、失敗を繰り返しながら何度目かで…。
「プリティ・ウィッチー・かぐらっちぃ」
 と、決め台詞と共にビシッとポーズを決める事に成功する。
「やっとかよ」
 クロは呆れて呟く。
「先が思いやられますね」
 シロもヤレヤレと呟いた。そんな二人の反応をかぐらは不満そうに見つめていた。そこに…。
“…コンコン”
 軽いノック音が部屋に響いた。かぐらは慌ててドアを開ける。そこには細身の魔女が厳しい顔つきで立っていた。
「私は、マジョサリィ。あなたの教官を勤めます。よろしく」
 マジョサリィと名乗る魔女は事務的に挨拶し、手にしていた書類に目を通し、不審そうに尋ねてくる。
「あなた、月光界の出身ですか。あそこに居るなら、魔法には不自由しないのに、どうして、この不自由な世界で魔女を目指すのですか?」
 それにかぐらは迷いのない瞳で答えた。
「人間界に行きたいからです」
 マジョサリィは一瞬、顔を曇らせたが、すぐ元に戻り、
「そうですか…。では、ガイダンスを始めます。こちらに」
 と言って踵を返して歩き始める。かぐらはその後に付いて歩き出す。マジョサリィは既に階段を降り始めていた。