おジャ魔女かぐら
第7話「月と雪の魔女」
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 そこは光に包まれた美しい世界。それは美しいと判断した訳で無く心が無条件にそう感じていのだ。月影かぐらは意味も分からずそんな世界に取り残されたように一人立っていた。
 やがて、かぐらの正面にぼんやりと人影が見える。段々輪郭がくっきりとしていく中、逆光で顔までははっきりと見る事は出来なかった。しかし、それが誰なのか、かぐらの震える肌は感じ取っていた。それは震えるまでに待ち焦がれた人物。
「……帝様」
 『竹取物語』において、月より人間の世界にやってきたかぐや姫に求婚した帝。二人は恋に落ちるが、かぐや姫はやがて月へ戻らなければならない掟。二人のクライマックスには悲しい別れが用意されていたのだ。これは人間の世界では有名な昔話だが、かぐらの故郷である月魔女界では過去に実際にあった伝説。そしてかぐらはこのかぐや姫の魔力を受け継いだ月の女王候補だった。しかし遠い昔の伝説は今の月では物語同様に語り継がれるだけのモノに成り下がってしまっていた。その最中にかぐらは純粋にこの物語に憧れ、そして人間界に居るであろう帝の生まれ変わりに出会う為に、人間界を目指していた。その為に地上の魔女界へ渡り、一人前の魔女になる為の魔女見習い修行に勤しんでいたかぐらは、この時、何故かこの空間に居たのだった。
「待ってっ」
 帝か帝の生まれ変わりとかぐらが感じた男の子のシルエットはかぐらに気付く事無くクルリと踵を返し、かぐらから遠ざかって行く。夢にまで見た人が目の前にいる。手を伸ばせば夢が叶う。夢を掴めるとばかりにかぐらは彼を追いかけようとするが、足から崩れるようにその場にへたり込んでしまう。足がまったく言う事を聞かないのだ。
「何でっ、行かないでっ、待って。動いてよ、何でっ、何でなのよ」
 必死に手を伸ばし彼に呼びかけながら、動かない下半身に悲痛な叫びをあげるかぐら。帝の姿が消える頃、辺りは暗くなっていて、急に極寒の地に飛び込んだような寒さを感じ凍え始める。哀しみで心まで凍り付いていたかぐらは抗う事無く横たわり瞳を閉じた。もうどうなっても良いと……。
『バカっ、何っ諦めてるのよ!!』
 ちょっとだけ懐かしい、そして頼もしい、さらには遠慮の無い声が聞こえた気がした。微かに暖かいモノがハートの奥に灯った気がして、かぐらはハッと目を覚ました。そこは病院のベットとすぐに理解出来た。さっきまでのは夢の出来事だったみたいだ。
「夢だよね……でも」
 身動きは出来ない。辛うじて動く首だけ少し持ち上げて下半身の方へ視線を送る。右足はギプスで固めて動かなくされている。こんな状態だから、あんな夢を見てしまったのだろうと、かぐらは溜息をついた。そしてここで肌を刺すような冷たい空気に気がつき辺りを確認してみると……。
「ええっ、夢じゃ無い?」
 腕から延びている点滴の溶液が凍り付いていた。さらに壁一面に霜が降りている。ベットも半分凍りついていてバキバキ。認識する毎にどんどんと凍える感覚が甦ってくる。かぐらは震える腕を軽く伸ばしてスイッチを押す。何かあった時に担当の看護魔女を呼び出せるスイッチを。

***

“コンコン”
 扉をノックするのは金髪の少女魔女ナスカ。しかしその部屋から返事は戻ってこない。ナスカは構わず扉越しに告げる。
「今からかぐらさんの様子を見に行きますけど……一緒に行き……」
 途中でナスカは言葉を止めてしまう。開かないと思っていた扉が急に開いたからだ。部屋から姿を見せたのはナスカが期待していた同年代の少女では無く大人の魔女。ナスカ達の教官を務めるマジョサリィだった。
「ナスカ……」
 マジョサリィは言い難そうに言葉に詰まる。その仕草にナスカを首を傾げると同時に、教官の背後を覗ってみるが、そこは無人の殺風景な室内があるだけだった。

***

“コンコン”
 軽くノックし負荷の軽い引き戸を静かに開けてナスカが病室に入ってくる。するとすぐに……。
「暑っ」
 室内ではストーブが焚かれ、熱気がムンムンに篭っていた。ベットに横たわるかぐらが苦笑いしている。
「空調が壊れちゃって暴走したみたいで、今朝方、凍えるほど寒かったんだよ。それで今はストーブいれてくれたんだ」
 かぐらから状況を聞いたナスカは不可解そうにしている。
「だからって、これは暑すぎでしょ」
「うん。でも動けないから調整出来なくて」
 かぐらは恥ずかしそうに舌を出している。
「もう、しょうがありませんわね」
 ナスカはそう言ってストーブの前にしゃがみ込んで火力を下げてやった。次第に出力を弱めていくストーブの赤を見つめつつナスカは何か引っ掛かりを感じていた。
“凍える程の寒さ”
 このキーワード、そしてかぐらのこの現状を作り出した前回の試験での事故。ナスカの中ではこれらの状況からある答えが見え隠れしていた。その答えに本当に辿り着いてしまう事を否定するように首をブンブンと振る。そんなナスカにかぐらが問いかける。
「深雪ちゃん、今日も来れないの?」
「えっ」
 一瞬、胸が冷たくなる気がし、ナスカは思わず変な声をあげてしまっていた。深雪は二人と同期の魔女見習いで共に修行をしている。かぐらが怪我してからは何故か部屋に閉じこもってしまっていてナスカもまともに顔も見ていない。そしてここに来る前にいつものように深雪を誘いに行ったナスカはそこで教官のマジョサリィと出くわして、ある事を告げられた。
“言うべきなのかしら……隠していてもいずれは知る事なのだし”
 ナスカはしばらく無言で考えていた。その様子にかぐらは首を傾げて待っていた。そして結論を出したナスカが真剣な表情をかぐらに向け告げる。
「深雪さん、魔女見習い教習所を自主退所したそうですわ」
「えっ……なっなんでっ!!」
 最初は何の事か理解出来ていない風だったが、タイムラグがあってその意味を理解したかぐらは動かない体を無理に起こして叫んだ。当然、無理をしているので、からだのあちらこちらが痛みという悲鳴をあげ、それでかぐら自身蹲ってしまう。
「いたたた……」
「ちょっと無理しないでっ」
 ナスカが焦ってかぐらに駆け寄って体を支える。