おジャ魔女かぐら
第8話「夢と過去と魔女」
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「ウッサウサウサーッ」
「カッメカメカメーッ」
 魔女界のとある競技場。この日は魔女見習い4級試験。恒例の勤勉なウサギと足の速いカメとの障害物競走が行われていた。対するは魔女見習い達の妖精。魔女見習いはそのサポートに徹する事になる。アナウンサー魔女が興奮した口調で実況をしている。
『依然、トップはゼッケンゼロ、ウサギとカメコンビ。次々と迫り来る障害物を難無くクリアしていきます。裏情報ですが、このウサギ、現在、恋をしているみたいで気合の入り方が違いますっ。続いてゼッケン2の自称エリート魔女見習いのナスカと妖精ヒョヒョ。必死に喰らいついています。その後方にゼッケン1と3。雪の世界からやってきた雹深雪と妖精ヒュヒュ、月の世界からやってきた月影かぐらと妖精クロが続きます』
 かぐらと一緒に参加しているのは兎型妖精クロ。もう一匹のパートナーのシロは客席でレースを観戦していた。
「クロの奴、離され過ぎだぞ。やはり私が出るべきだった」
 等と呟きながらレースの行方を心配する。
 一方、レース中のクロは……。
「それにしても、あのウサギ、キョロキョロと後ろばっかり振り返りやがって、余裕か?」
 頻繁にこちらを向いて何かアピールしているトップの勤勉なウサギに対して不愉快そうにしている。
「あれは、かぐらちゃんにアピールしているのよ」
 隣を走っている深雪が言う。
「ええっ、やっぱり、そーか」
 かぐらは苦笑いするしか無かった。
「どっちにしろ、余裕あるんじゃねーか。気にいらねーな」
 クロはそう呟いて前方を睨んだ。

『さぁ、先頭は二人三脚ゾーンに突入。ここでも息のあった堅実な走りでウサギとカメが独走。それをナスカ組が追います』
 二人三脚ゾーンでは妖精はパートナー魔女見習いの姿、もしくはそれに順ずる物に変身して参加する。ヒョヒョはナスカの姿に変身し二人三脚でウサギとカメを追う。少し遅れてかぐら組と深雪組も到着し、準備を始める。ヒュヒュの変身した深雪と深雪が足を結んでいる横で、クロが少年の姿に変身する。♂妖精であるクロはパートナー魔女見習いに変身する訳でなく、男の子になるのがデフォルトだった。黒い服を着た長髪の少年。長い前髪が片目を隠しているがもう一方の瞳は鋭く凛々しい。
「え……」
 そんなクロの姿に深雪は言葉を失う。
「……なかなか」
 前を走っているナスカも振り返りクロを見て呟く。クロの足と自分の足をリボンで結んだかぐらが立ち上がる。
「かぐら、一気に追いつくぞ」
 前を見つめクロはそう言うと、横からかぐらの肩を抱き、自分の方へ抱き寄せた。
「ウゥサァ……」
 後ろを何度も気にしていた勤勉なウサギが驚愕の声を発している。クロの変化が信じられず、さらにかぐらと似合い過ぎていると感じてしまい、猛烈な敗北感に打ちひしがれているのだ。一気に青い顔をし、やる気を消失したウサギはフラフラとその後、カメに引きずられる様にレースを続ける事になる。
 一方、かぐらとクロは……。
「いちに、いちに……」
 その場で足踏みをしタイミングを合わせている深雪組と違い、そんな事無しにいきなり走り出した。
「さすが、長年のパートナー。息はピッタリ」
 かぐら達の走りに深雪は思わず感心してしまうが、それは最初だけだった。かぐら達は足を縺れさせ派手に転んでしまう。実は何も考えていなかったのだ。
「あの…大バカ者」
 客席でシロが頭を抱えていた。
「痛いっ。も〜クロが早すぎるんだよっ」
 起き上がりながらかぐらが文句を言うとクロは……。

■挿絵[240×240(15KB)][120×120(6KB)]

「ええい、面倒だっ」
 とかぐらを思いっきり抱き寄せて言う。
「お前はそこにしがみ付いていれば良い」
 と言って、足はそのままにかぐらを抱く形で一人で走り出した。
「ひょぉぉえぇぇ〜〜」
 かぐらはもうクロのされるがままだった。かぐら組はナスカ組や、ペースを急激にダウンさせたウサギとカメを抜いてトップに立った。

 終わってみると一位かぐら組、二位ナスカ組、三位深雪組。ウサギとカメは途中リタイアという結果に終わっていた。
 表彰台でクロはお姫様だっこでかぐらを抱えて上がる。かぐらは顔を真っ赤にしながら言う。
「ちょっと、恥かしいよ〜」
「ばーか、見せ付けてやるんだよ、あいつに」
 クロは小声でかぐらの耳元に告げる。あいつとはショックのあまりレースを破棄してしまった勤勉なウサギだ。
「でも、ちょっとやり過ぎなんじゃ……」
 かぐらは心配そうに言う。
「その姿がなかなかである事は認めますが、性格は最悪ですわね」
 表彰台で隣に立っているナスカがクロに言う。
「かぐらを守るのが俺等の役目だからな。でもよ、俺であいつも良かったかもよ。シロならもっと狡猾に追い込んで行くぜ」
 クロはさらりと言う。ナスカは顔を赤くして言う。
「あなたはストレート過ぎますのよ。何ですの、あの“俺の胸で眠れ”って」
 最後の障害物、夢の中のミッションの為に急遽眠る必要が出た時、普段から寝付きの悪いかぐらにクロが言った言葉だった。そしてこれがトドメとなってウサギは完全に戦意を喪失したと言う。
「あれはいつもやってる事だしなぁ」
 クロは平然と言う。ナスカが慌てて言う。
「兎饅頭と人型では全然違いますわっ」
「そーなの?」
 かぐらもキョトンとしている。この二人には何を言っても駄目かもと、ナスカはドッと疲れてしまう。そんな二人を見て、深雪は苦笑いしていた。
「ま、おかげで合格できましたし、良しとしますか」
 ナスカはそう呟いて表彰台を降りて行く。尚、この後、失恋を自覚した勤勉なウサギが傷心の旅と称して姿を消して、しばらく行方不明になるのだが、かぐら達がそれを知るのはもう少しあとの事になる。